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“英語落語”と“やさしい日本語落語”で、日本と世界を近づけたい

ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは、日本語教師の傍ら英語落語・やさしい日本語落語パフォーマーとしてご活躍の、OKEICHAN(林恵子)さんです。自身の活動を通じて日本と海外を近づけたいという胸に秘める想いについて、詳しくお話をお伺いしました。

インタビュアー / 知院 ゆじ

日本語教師、英語落語・やさしい日本語落語パフォーマー / OKEICHAN(林 恵子)
一般企業に努めていた2009年に英語落語を知り、英語落語パフォーマー小夜姫(さよひめ)氏に師事。その後日本語教師として活動する中で、やさしい日本語落語と出会う。現在は日本語教師として多数の留学生を指導する一方、英語落語・やさしい日本語落語パフォーマーとして活動する。

外国人を前にして、全身で落語を演じる

英語落語の舞台(提供:林恵子さん)

緋毛氈(ひもうせん、赤い布)が敷かれた高座の座布団に、着物を着た華奢な女性が座っている。身振り手振りからして落語を演じているのだなとわかるのだが、客席に目をやると外国人の割合が非常に高いのが特徴的だ。

林恵子さん(高座名:OKEICHAN)は、日本でも数少ない“英語落語”と“やさしい日本語落語”のパフォーマーである。

共通点の多い“英語落語”と“やさしい日本語落語”

英語落語は、その言葉どおり落語を英語で演じることを意味し、落語家の桂枝雀さんが始めたのが最初といわれる。一方のやさしい日本語落語とは、どのような落語なのだろうか。

「たとえば、災害がおこったとき『ここは危険ですので、すぐに避難してください』といわれても、日本語に不慣れな外国人だと『危険』『避難』という単語をとっさに理解するのは難しいものです。そこで『ここは危ないです。すぐに逃げてください』と言い換えることで、多くの人が理解できる情報を伝えられる。こんな形で、文章を短く簡潔にしてわかりやすくしたのが“やさしい日本語”で、それを使った落語がやさしい日本語落語です」

英語と日本語という違いはあるものの、英語落語とやさしい日本語落語には共通点も多い。

「通常の落語は、会話ひとつを取ってもたくさん枝葉がついています。一方、英語落語とやさしい日本語落語では、枝葉はできるだけ省いて話の幹の部分をわかりやすく伝えるんですね。落語の『ああ、どうもどうも〇〇さん、えらいご無沙汰してますな』みたいなダラダラと長いあいさつは、英語落語なら『ハロー』、やさしい日本語落語なら『こんにちは』とシンプルに話します」

英語落語とやさしい日本語落語は言葉をシンプルに伝える分、舞台での動きや間の取り方、英語が落語として通じているかなど、細かいところまで気を配る必要がある。

「英語落語では、私自身英語のネイティブスピーカーではないため、ちゃんと話の内容が相手に伝わっているのか不安な部分がある。そこで、ONtheで知り合った帰国子女の翻訳家の方にネタ原稿を見てもらい『話は通じますか?』『これで面白いですか?』という部分のチェックをお願いしています」

引っ込み思案を克服する行動力でご縁を引き寄せる

「人前で話すのが苦手で、とても人見知りなんです」と話す林さん。英語落語を始めたのは、ふとしたきっかけからだった。

「カナダに語学留学するほど、英語を学ぶのが好きで。日本に帰ってきても勉強は続けていましたが、英語を活かす機会は少ないと感じていました。そんな折、たまたまテレビを見ていたら英語落語で海外を回っている方を見かけまして。『かっこいい!これだ!』とピンと来たんです。」

思い立ったらすぐ行動するのが、林さんの良いところ。英語落語を教えてくれる先生はいないか、早速探してみる。

「これもたまたまなのですが、近くに教室があるのを見つけたんです。最初は躊躇したのですが、引っ込み思案な性格を克服したいと、思い切って教室の門を叩きました」

英語落語が林さんの性に合っていたのか、メキメキと頭角を現す。趣味ではなくパフォーマーとしてやってみないかと打診され、先生の元から独立して活動を始める。

時を同じくして、英会話の先生から「日本語を教えてほしい」といわれたのを機に、日本語教師養成講座に通い始めた。

「講座の先生が、やさしい日本語の普及活動をされていらっしゃる船見先生だったんです。その講座の中でやさしい日本語落語のことを知り、『英語落語をしているし、やさしい日本語落語もできるかも』と、こちらも勢いで始めてみました」

偶然がつないだ人とのご縁で英語落語とやさしい日本語落語に出会い、現在ではパフォーマーとして活躍されるまで躍進された。

「一人でやっていくのに不安はありましたが、流れに任せていたらここまで来られたという感じです」

林さんの行動力が、さまざまなご縁を引き寄せているのだなと感じる。

お客さまが喜ぶ姿を見ると、口演前の大変さも忘れてしまう

英語落語・やさしい日本語落語を披露する場所は、イベント会場をはじめ、学校・図書館・料亭など多岐にわたる。日本国内だけにとどまらず、カナダ・バンクーバーでも口演経験がある。

「三色幕、毛氈、座布団は持参するので移動が大変で、重さでスーツケースのタイヤがボロボロになってしまうんです。口演前は準備の大変さと人前で話すプレッシャーで逃げ出したくなります」

それでも口演を続けているのは、やはりお客さまが喜ぶ姿を見たいからだという。

「プログラムにワークショップの時間を設けていて、何人かのお客さんを舞台に上げて小噺を体験してもらいます。最初はできないと恥ずかしがっていた人も、いざ始めるとすごく嬉しそうにやるんです。

‎高校で口演した際も、私以上に張り切って演じる生徒を見て『あの子は普段おとなしいのにすごく頑張っていた』と先生が驚かれることも少なくありません。落語を見て笑っていただくのも、落語を演じていただくのを楽しんでもらうのも、どちらも楽しいですね」

ワークショップの様子(提供:林恵子さん)

現在、持ちネタは20種類ほど。中でも『転失気(てんしき)』『お菊の皿』がお気に入りだそうだ。

「転失気はオナラの話で、老若男女や国籍を問わずウケます。海外の人にはオナラの話はタブーかと思いきや、逆に『日本は礼儀正しい国と聞いていたのに、そんな話をしても大丈夫ですか?』と聞かれることもあるくらいです。お菊の皿は、幽霊の概念は世界中で違うので伝わるか心配したのですが、手のひらを前に垂らす日本の幽霊のジェスチャーで意外と大丈夫でしたね」

一年中快適に過ごせるのが、ONtheを気に入っているポイント

ONtheを知ったのは、前述の船見さんからの紹介だという。

「船見先生のコンサルティングをONtheで受け始めたのが、ここを知ったきっかけです。英語や日本語教師の勉強、打ち合わせなどで主に利用しています。また、英語落語会・やさしい日本語落語会のイベントも何度か開催しています」

現在、月に2~3回ほどONtheを利用されている。

「私自身阪急沿線に住んでいるので、電車1本でアクセスできるのはありがたいです。都会の真ん中にあるのに静かで、館内はいつもきれいで清潔感があるのも良いですね」

林さんの一番のお気に入りポイントは、館内の温度だそうだ。

「こういった施設って、空調が効きすぎて寒すぎたり暑すぎたりするところが多いじゃないですか。でも、ONtheはいつ来ても温度がちょうど良い。寒いとか暑いとか感じたことが無いんです。この快適さは、私にとってかなり重要なプラスポイントです」

日本文化と世界をつなげる架け橋になりたい

今後は、英語落語を通じて日本の笑いが世界に通用することを広めていきたいという。

「海外では、落語の知名度は歌舞伎や茶道などに比べてまだまだ低い。ただ、実際に聞いていただけると楽しんでもらえるのは間違いないです。カナダで英語落語をした際は、落語自体を知っている方がまったくいない状況でしたが、皆さんとても笑ってくださいました。海外でも英語落語の口演を増やしていきたいと考えていますが、どうやって落語そのものを知ってもらうのかが課題です」

一方、やさしい日本語落語は日本国内での認知を広げるのが目標だ。

「外国人を見て『何語を話すんやろ?』と考える日本人の方は、多いのではないかと思います。やさしい日本語ならけっこう通じるものなんですが、その事実を知っている方は少ない。日本人と外国人でやさしい日本語落語を一緒に見て、『留学生たちが日本語の落語を聞いて笑っている、皆さん日本語がわかるんだ』というのを知ってもらいたいです」

林さんの活動の根底には、日本と世界の架け橋になりたいという強い思いがある。

「私は日本語教師として、そして英語落語とやさしい日本語落語のパフォーマーとして、日本と世界を近づけたいのだなと気づいたんです。英語落語を通じて、日本の文化を海外の人に紹介して、日本をもっと深く知ってもらう。日本語教師として、留学生に日本語と合わせて日本で生活するルールを教える。やさしい日本語落語で、留学生と日本人の距離を縮めて仲良くなっていただきたい。私の活動すべてが、日本と世界をつなげる架け橋になるのだと考えています」

『多文化共生』と口にするのは簡単だが、実際に行動するのは並大抵の気持ちではできないものだ。林さんの活動は、まさに多文化共生という言葉が示す理想の姿。これからも言語や文化の壁を越えた笑いの共有と、相互理解の促進に力を注ぐ。

編集後記

飄々とした親しみやすい語り口で話す林さん。昨年、NHK WORLD JAPANから取材を受けたそうです。

「NHKのロケは、これまでの活動の中でも非常に印象深い出来事のひとつでした。ホームページに連絡があったのですが、最初は『詐欺やろ』と思って無視していました」

確かに、いきなりこんな連絡が来たら疑ってしまうのは無理もありません。

「しばらくして気になったので連絡してみたら、実は本当の話だったという」

まるで落語のようによくできたお話。思わぬご縁がパズルのピースのようにすべてつながって、林さんの今の活動を形作っているのだなと感心しました。

林さん(OKEICHAN)の出演予定は、こちらのホームページから確認できます
(NHK WORLD JAPANの動画も、プロフィールのページから見られますよ!)

(文:知院ゆじ、写真:今井剛)