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マーケティングと合気道が教えてくれる、豊かな人生の歩み方

ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは、合気道を指導しながら「マーケティングcafé」のマスターも務める白川浩司さんです。食品メーカーでの会社員時代の経験を糧に、合気道とマーケティングという二つの学びを通して広がっていく生き方や学びについてお話を伺いました。

インタビュアー / 鶴野 ふみ

武道家マーケター / 白川 浩司
食品メーカーでの勤務を経て、現在は合気道道場「信而館」を主宰。ほかにも法人向け研修会社での企業研修の提案や講師補佐、ONthe UMEDAでの「マーケティング café」のマスターなど、幅広い活動を行っている。合気道四段。

生活に根ざしたマーケティングの面白さを伝えたい

「マーケティング」と聞くと、専門的で難しいものと思われがち。けれど白川さんは、マーケティングはもっと生活に身近なものであると教えてくれます。

「たとえば友人と旅行に行くとします。相手はヨーロッパに行きたい、自分はアメリカに行きたい。そんなとき、どうしますか? きっとお互いに、それぞれの国の良さをプレゼンするはずです。パンフレットを集めたり、体験者の話を聞いたり、雑誌の特集を見せたりしますよね。実はこれ、全部マーケティングなんです。

相手にどう伝えるか、どうやって納得してもらうか。その過程は、日常のなかにもあふれています。マーケティングとは、単なる『売るための仕組み』ではなく、人に何かを選んでもらうための工夫の積み重ね。旅行先を決めることも、相手の気持ちを動かすという点では同じなのです。」

食品メーカー時代の白川さんは、マーケティング担当として、商品の味やデザイン、サイズや価格まで幅広く携わってきました。

「ここまで幅広く一貫して担当できる会社は、そう多くないと思います。パッケージの大きさひとつで、トラックの積載量や輸送コストが変わり、最終的には商品の単価にまで影響するんです。そうした裏側の工夫を知ると、マーケティングがもっと身近に感じられると思うんですよ。」

57歳で決断した “助走”のための退職

こうして会社員時代の経験をもとに、マーケティングの面白さを伝えたいと考えた白川さん。実はその思いも、57歳での早期退職という大きな転機があったからこそ生まれたものでした。

「コロナ禍で体調を崩したことが、決断のきっかけのひとつです。大事には至らなかったのですが、ちょうど社会全体で働き方が大きく変わり、会社の方針も転換していくなかで、『これからどう生きていくか』を考えるようになりました。

定年まであと2年半というタイミングでした。もし5年残っていたら、辞めていなかったかも(笑)。でも60歳を過ぎてから新しい挑戦をするのはちょっと難しいな、と。だったら今のうちに退職して、2年半を次のステップへの助走の期間にしようと思ったんです。

退職金や年金の見込みを含めて家族と相談し、生活のめどを立てたうえでの決断。再雇用という選択肢もありましたが、自分のやりたいことに正面から向き合う道を選びました。

60歳を迎えた今は、まだ低空飛行かもしれないけれど、やりたいことを少しずつ形にできています。」

そう笑う白川さんは、現在、自身の道場「信而館」で合気道を指導したり、企業研修の手伝いをしたり、「マーケティングcafé」で学びを伝えたりと、着実に活動の幅を広げています。

合気道が教えてくれた、自分と向き合う時間

白川さんが合気道と出会ったのは40歳のころ。お子さんのために道場を見学したのがきっかけでした。

「子どもにやらせてみようと思ったんですが、見ているうちに自分のほうがやりたくなって(笑)。気づけば夢中になっていました。合気道は『争わない武道』。勝敗をつけるのではなく、呼吸や体の使い方を通じて相手と調和するのが特徴です。」

40代から始めた合気道をずっと続けられている白川さん。そのモチベーションは何だったのでしょうか。

「ざっと計算してみて、週1回の稽古を続ければ3年で初段に届くな、と。初段になると袴が履けるんです。それがまたかっこよく見えてね。5年頑張ったら2段か、それってええんちゃうか?と思ったのが最初のモチベーションですね(笑)。そして、段位を積み重ねていくと、自分の成長が目に見えて、自信にもつながっていきました。」

道場「信而館」に込めた思い

現在は道場「信而館」を主宰する白川さん。その名前は、論語の「述べて作らず信じて古(いにしえ)を好む」から二文字をとったもの。思想家であり、合気道凱風館 師範 内田樹先生の命名です。

これまで師匠から教わってきたものを信じ、それを継いでいく。そして自分のやり方で伝えていく。そんな思いが込められています。

「合気道にもさまざまな流派があります。僕が所属するのは、合気会という一番古く大きな会。そこでは、単に技を磨くのではなく“自己の生命力を高める”ことを目的にしています。呼吸法や瞑想を重視していて、ヨガに近い部分もあるんです。だから、足腰が弱い方でも無理なく参加できます。武道というより、まずは心身を整えるための学びに近いと思います。続けていくうちに、それが結果的に人生そのものを整えることにもつながっていくんです。」

道場づくりに活きるマーケティングの視点

白川さんは、道場としてどんな姿を目指すのかを明確に描いています。その軸があるからこそ、道場のあり方がぶれることはありません。

「たとえば、派手な合気道を求める方が来ることもあるでしょう。もちろんできる限りその希望に沿うようにしますが、『思っていたのと違う』と辞めていくことがあっても、それは仕方のないことなんです。大切なのは、道場がどんな場所を目指しているか、自分がどんな人に来てほしいのかをしっかり意識できていること。そこさえ明確なら、無理に合わせる必要はないんです。」

白川さんにとって、これはまさにマーケティングの発想そのもの。

「道場をどう位置づけるのか、誰に価値を届けたいのか。運営に迷ったときには必ず、会社員時代に培ったマーケティングのフレームワークで整理した考え方に立ち戻ります。そうすると、自分の方向性がぶれないんです。」

合気道は、技術を学ぶ以上に「自分と向き合う時間」。白川さんはその静かな積み重ねを大切にしながら、これからも道場を続けていきたいと語ります。

『マーケティングcafé』は学び合いの場

退職後、何かマーケティングに関わる活動をしてみたいと考えていたとき、白川さんは偶然ONthe UMEDAを知ります。きっかけは、同じように早期退職した方がONtheでイベントを開催していたこと。「おもしろそうだな」と感じ、直接話を聞いたのが始まりでした。

そこからスタートしたのが「マーケティングcafé」。会社員や学生など、世代や立場を問わずさまざまな人が集まり、少人数で気軽に学び合える場になっています。

「マーケティングって、人とモノをつなげるための考え方なんです。もちろん商売の世界では“売れ続ける仕組みづくり”と言えますが、それだけでなく、日常をちょっと楽しくする知恵にもなるんですよ。」

マーケティングcaféでは、白川さんの経験をもとにマーケティングの考え方を学びながら、参加者それぞれが自分の生活や仕事に置き換えて考えることができます。

「例えば学生なら、普段の生活の疑問を題材にできますし、社会人なら実際の仕事に置き換えて考えることもできる。一人ひとりの視点が学び合いにつながるんです。日常生活を豊かにする知恵と技術を一緒に学べたら、と思っています。」

合気道が“自分と向き合う学び”だとすれば、マーケティングcaféは“人とつながる学び”。白川さんにとってはどちらも、人生をよりよく生きるために欠かせない場です。

合気道とマーケティング、広がり続ける学びの輪

会社員時代とは違う場所で活躍の場を広げる白川さん。その姿は力強く見えますが、本人は「まだまだですよ」と笑います。

「人をうらやましく思うこともありますし、不安になることもあります。そんなときはやっぱり、合気道の精神とマーケティングのフレームワークで整理した考え方に帰ってくるんです。日々精進ですね。

これからもマーケティングcaféのような学びの場をよりよい形で続けて、多くの人にマーケティングの魅力を伝えていきたい。道場ももっと多くの方に来てもらえるようにしたいですね。」

静かに、しかし着実に積み重ねていく。合気道もマーケティングも共通するのは“自分や相手と向き合うこと”。白川さんはその姿勢を大切にしながら、これからも活動の輪を広げていきます。

編集後記

わたしがマーケティングに苦手意識を持っていたのは、きっと「必要じゃない人にも無理に買ってもらう技術」だと思い込んでいたから。でも白川さんの話を聞いて、それは大きな勘違いだったんだと気づきました。

マーケティングって、本当に必要としている人にちゃんと届くように伝えることなんですね。そう思ったら、ちょっと気持ちが楽になりました。すべての人に求められなくてもいいんだ、必要な人に届けばそれで十分なんだって。

白川さんの「マーケティング café マーケティングの流れを知る基礎講座」は9月10日(水)と10月1日(水)の19時から開催予定。

全8回の講座ですが、毎回テーマが変わるので途中からでも参加できますよ。

また、白川さんが主宰する「信而館」について詳細はこちらのホームページをご覧ください。

合気道信而館

(文:鶴野 ふみ、写真:今井 剛)