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34歳で年商1億 母から学んだ昭和の経営哲学

ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話をうかがったのは15歳で美容業界へ飛び込み、30代で年商1億のサロンオーナーへと成長した山本あきこさん。決して平穏ではない道のりを、どのようにして乗り越えて来られたのでしょうか。

インタビュアー / 安藤 鞠

株式会社INGGROUP代表取締役 株式会社アキコカンパニー代表取締役 / 山本 あきこ
15歳より美容師見習いをスタート。22歳で高卒資格取得し大学進学、神戸大学経営学部経営学科在学中に美容室をオープン。芦屋・神戸を中心にヘアサロン・ネイル等トータルビューティー事業を複数店舗展開。美容サロン向けコンサルサービスも手がける。3〜5歳の年子3人 (!) の母。

自分の人生、自分で責任を持つ

ポジティブな言葉があふれるInstagram、34歳で年商1億を達成。この側面だけ見たら、苦労を知らないお嬢さまが親の援助でたまたま成功したんだろう――。そう思ってしまう人もいるかも知れない。

でも、そんな予想はすぐに裏切られる。生粋の経営者マインドの持ち主だからだ。
「自分の生活費くらい、自分で稼ぎたかったんです」
当時まだ中学生だった彼女に、そう思わせたものは何だったのか。
「父親が数億の借金を背負ったんです。」
思いがけず多額の遺産を相続した父親には、マネーリテラシーが足りなかった。上手すぎる投資話に乗り、あっという間に負債を抱えてしまった。
「父はアニメ『サザエさん』でいうとマスオさん。母方の家庭に入っていたので、居場所を一気に失いました。生活費を祖父母や母に頼るほかなく、肩身の狭い思いをする父の様子を見て『私は身の丈以上のお金を持たない』と心に刻みました。その決意は経営者になっても持ち続けています。」

私立高校へ進学したものの、父親が祖母に高校の学費を頼み込んでいる姿を目撃、裕福なクラスメイトに対して次第に劣等感を感じ始めた。両親のけんかが絶えない自宅もどんどん居心地が悪くなっていた。
「自分のことで、周りの人を不幸にしたくない。自分の生活費くらい自分で稼ごう。」
そうして彼女は15歳でも働け、興味のあった美容の世界へ飛び込んだ。

「それはビジネスチャンスよ!」

美容師見習いの世界は厳しい。長時間の勤務に加え、営業終了後にトレーニングを受ける日々。ランチもままならず、日を超えてから帰宅する生活が3年も続いた。居心地の悪い家から距離は置けたが、労働時間340時間に対し月収12万。さすがにある日、母に愚痴をこぼした。一般的な親なら、娘の健康を案じる言葉をかけるだろう。ところが、自営業を営んでいた母は違った。

「あきこ、それはビジネスチャンスよ!」
その言葉をきっかけに、視る世界が180度変わった。がんばっている人が正当に報われて、長く幸せに働ける業界へ変えようと決意した。
オーナー側に立つために、まずは経営学を学ぼうと大学進学を目指す。二字熟語もおぼつかないレベルから高卒認定を取得、私立大学を経て経営学の名門・神戸大学経営学部への編入を果たす。

「もっとしっかり経営を学びたくて。いろいろな人に相談したら編入という方法があると教えてもらえたんです。」
彼女は「自分なんかには無理」と卑屈にならない。アドバイスを素直に受け取り、ゴールに向かって最短で努力する。高校時代に感じたクラスメイトへの劣等感も、いつの間にか晴れていた。
「大学での学びは、私にとって全て『そうそう』って腑(ふ)に落ちる実践的な内容でした。」
社会に出てからすでに8年、授業で聞く内容が現場の日常と重なった。
「差別化とは、競合相手と戦わずに売り上げを伸ばすこと」「給料とは、不満の転嫁先」
論理と実践、両方の視野を手に入れた。

「卒業したら、一緒に経営したいね。」
うれしそうに語る母、あと少しでかなうはずだった夢。そんな矢先に突然の不幸が襲った。自宅が火事にあい、最愛の母を失ったのだ。

母の死を乗り越えて

最も悲しい形で、当たり前の日常が一瞬で消え去ると知った。限りある人生を大切にして生きていこう、それが母の教えだと自分に言い聞かせた。
「喪失感に浸って泣いても母は喜びません。私にできるのはきちんと卒業して経営者になり、美容業界をより良くすること。その方がきっと母も喜ぶと思ったんです。」
人生のターニングポイントを、持ち前の強さでポジティブに変換した。

亡き母からはもう一つ、大切なことを学んだ。それは「ビジネスは儲かりそうと思って始めたらあかん」という昭和の経営哲学。ひたすら顧客やスタッフの悩みを掘り出してリサーチし、解決策を徹底的に探した。

そこに大学で学んだ差別化のエピソードを掛け合わせ、ライバル店が未開拓だった「完全個室・マンツーマン接客」の美容室を在学中にオープン。サロン激戦区の神戸で顧客単価2万円、スタッフ売り上げ190万円/月 (業界水準の4倍) という驚くべき数字をたたき出し、年商1億まで成長した。

サロンはパワースポット

ONtheは自宅と駅から近く、会社に行く前に利用している。特に朝、がっつり集中して仕事したいときに最適だ。
「皆さんそれぞれご自分のビジネス・勉強に向かい合っている姿を見て『私もがんばろう!』ってスイッチが入るんです。」

そもそもの行動力の源は何なのだろうか。
「やり残した、って気がかりなことは全てやってみるんです。」
起業して10年、今後は美容業界への恩返しを込めて業界の魅力を向上したいと話す。経営しているサロンでは、能力や成果に応じて給与や休暇を増やし、長く幸せに働けるようスタッフの労働環境を改善してきた。
「本当は美容師の仕事が好きなのに、きつくて辞めてしまう人たちを救えなかった。経営者としてずっと気がかりでした。そんな人を一人でも減らせたら、人材不足も自然に解消されて業界全体がホワイトに向かいますよね。」
サロンは疲れた人を癒やし、リチャージする現代のパワースポットだと考えている山本さん。そこで働くスタッフもまた、幸せなエネルギーで満ちていてほしい、と。

最後に一つ、どうしても聞きたかった質問があった。コロナ禍はどのようにして乗り越えたのだろうか。
「2020年4月7日、初めて緊急事態宣言が出た日はさすがに眠れませんでした。」
それでも彼女は慌てない。まずは自分ができること、やるべきことを紙に書き出して目の前の課題に取り組む。削れる経費は全て削った一方で、マスク生活でも映えるまつげエクステンションの潜在ニーズに注目し、まつエクサロンを新たにオープンした豪腕ぶりだ。
「落ち込むこともあるけれど、実はその感情や状況は自分が作り出していると気づきました。メンタルをフラットに保つことも、経営者の能力の一つだと考えています。」
彼女は、そう言うと穏やかに微笑んだ。

編集後記

テーブルの傍らには大きなキャリーケースが。これから出張ですか、と聞くと「舞子まで夕日を見に行くんです。海に沈む夕日って本当に美しくて。」と思いがけない返事が。毎日、朝日に向かってご両親を含む家族とスタッフへの感謝の気持ちを伝えているのだそう。

3人のお子さんは「自分で稼いで食べられる人に育ってくれたら、とのびのびと育てています。これからはどんな雇用形態であっても自分で仕事を創り出す時代です。」次世代の幸せをいつも考えている姿が印象的でした。

〈山本あきこさんのご著書、SNS〉
女子たったの8人で年商1億サロンの作り方

(文:安藤 鞠、写真:今井 剛)