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自分と関係ないことは、世の中にひとつもない。

ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。少数派の職業といえる「広報・PR」。華やかなイメージの裏で、謝罪、炎上、沈黙、そんなワードがニュースで飛び交う世間を攻略していくのも、この仕事だ。
そんな仕事をする人は、日々どんなことを考えているのだろうか。ベテラン広報の頭の中を探ってみる。

インタビュアー / 宮内 めぐみ

合同会社アーベント 代表・株式会社フェリシモ 社長室室長 兼 広報部 / 吉川 公二
1984年、株式会社ハイセンス(現 株式会社フェリシモ)に新卒入社を果たして以来、会社への愛を貫き通し、2020年定年。これを機に、新たに合同会社アーベントを設立。現在は、フェリシモでの継続雇用勤務とアーベントの代表を平行し、広報のスペシャリストとして活動している。

御年六十。広報一筋三十五年。

これまで勤めた会社は1社。「広報」を志向すること35年。
60歳定年を迎えてなお、勤めている会社の継続雇用として広報のキャリアを持続させると同時に、新たに広報支援を主な業務とする「合同会社アーベント」を起ち上げた。

プライベートでの活動のひとつ、400字(原稿用紙1枚)縛りの「神戸ニニンガ日誌」は、始めてから12年継続し、記事は2,500回以上に及ぶ。
リリースを書いたり、記事を書いたりする広報の仕事柄、短文の訓練をしているそうだ。

フェリシモへの出社中は超・集中。一度タイムカードに打刻されたなら、黙々と仕事と向き合う。
仕事終わりに飲みに行くときは、社外で広報に関わる人たちと。お酒の場で仕事の話はほとんどしない。

・・・仕事とプライベートにはきっちりと境界線を引いているようで、仕事もプライベートも広報一色。
そんな興味深いバランスをとりながら、なんだか楽しそうに生きている人が、今回の主役、吉川公二さんだ。

ONtheで執筆『施ば報』

吉川さんがONtheを利用していた理由は執筆活動のため。

『施ば報(おますればたもる)』は起業した自身の会社のPRも兼ねて書いたものだが、広報職に就いている方やこれから広報を目指す方に向けて書いている。
 “広報”の本質と、吉川さんがこれまで出会った“カリスマ広報師”(※吉川さん命名)たちの言葉を編著した本だ。
アマゾンなどでは買えず、神戸市須磨区「井戸書店」で購入できる。アーベントのサイトからも注文可。

そもそも、どうして広報の仕事をここまで長く続けることができるのか、気になって聞いてみる。

「やっぱり『好き』ということが何をするにも大きいですよね。
広報の場合は発信をしなくてはなりませんから、やっぱり自社や自分のやっていることが好きでないとリリースも書けません。
それに自分も好きなことをしている時は楽しくなるので、それが周りにも伝わっているのかもしれません。『まぁ君は楽しそうにやってるから、そのまま続けなさい』といった具合で良い方向に動いていくのかなと。」

なるほど、答えはいつだってシンプルだ。

愛情深き顧客は、入社の果てに部署を創る

「私自身、今の会社が作るもの、取り組むこと全部、めちゃくちゃ好きなんです。」

と、楽しそうに語ってくれた吉川さん。
その愛は、学生時代まで遡る。

「アイビーファッションが流行っていた大学生の頃、『ハイセンス』という名前だった今の会社が通信販売している服を好んで着ていました。お客さんの9割が女性と言われる当時は珍しい顧客の類だったと思います。
ある日、新聞の求人欄を見たらたまたま採用情報を見つけ、応募したらこれまた受かったんですね。」

若くして抱いていた揺るぎない愛は、採用という形でめでたく両想いを迎えた。
入社2年目には、希望していた部署へ配属。顧客の頃に知った「お客様イベント」などを企画するようになる。

そこで元・オリンパス広報の奥村勝之氏に巡り合い、それまで「広報」というものの存在を知らなかった吉川さんは、いよいよ広報の道を歩み始める。
2004年からは広報部長として15年活躍。2010年には社内に存在しなかった広報部署を創設した。

“know who” 顔の広さが強くなる時代

吉川さんは広報について、これまた楽しそうに説明してくれる。

「やっぱり様々な人と会える、というのが広報のおもしろさです。
リリースの記事を書くために、社内の担当者や、自社のトップ、社外のメディアの方だったり、商品を作ったメーカーさんだったりと、様々な方に会いに行って情報を集めますし、マスコミからは商品について聞かれる立場にもなるので、本当に色々な方と出会います。
あと、『広報です』の一言でどこへでも行けますからそんなところも楽しいですね。」

新しく起ち上げた会社も、このように広報で出会った方々を通じてわずか1年で日本各地にお客様ができたという。

「広報してると顔が広くなるんですよー。」

なんて謙遜をされていたが、これはニコニコしている吉川さんの人徳に他ならないなぁと思う。

「今は“know how”の時代から“know who”の時代になりつつあります。一人で何でも出来る人も凄いですが、『誰に何を聞けば良いか』をたくさん知っている人が強くなっていくとも言われています。自分もそうなりたいし、なりつつあります。」

ビールはスイッチ。“夜の吉川さん”

「広報は多くの方に華やかと思われているかもしれませんが、発信を間違えたら、次の発信ができなくなることもあるので、守りも堅くないとできません。
会社の常識は社会の非常識、ということが往々にして起こりやすいので、これを『違いますよ』と会社に言えるように、広報は外の世界を知っている必要もあります。
外の世界を知るために、授業料(ビール代)は高くつきますけどね(笑)」

と、ビールの話題を皮切りに、吉川さんのテンションは上がっていく。

「休みの日や、正月などに明るいうちからビールを飲むと美味しいと言いますが、違う。やっぱり仕事終わりのビールがいっちばん、美味しいですよ。
とにかく仕事を時間内に終わらせて美味しいビールを飲む!というのが私にとっては1日のミッションです。

だからよく社内では『夜の吉川さんは人が変わる』と言われます。「変わる」のではなく「戻る」のです(笑)
境界線が曖昧なのはおもしろくないですから、タイムカードを切ったら、全く違うスイッチをON、そして、社外の広報仲間と飲みます。仕事の話はほとんどしないです。」

お酒を飲むなら楽しいに越したことはないが、仕事の話は出てしまいがちだ。

「そこまでハッキリとオン・オフを切り替えるコツは何ですか?」
と、問うと一言返ってきた。

「それが、ビールです。」

むむむ…なんだか哲学的。

それにしても“夜の吉川さん”について、非常に気になったのは私だけだろうか?

自分と関係のないものは世の中にない

“人との繋がり”

“継続性”

“オンとオフ”

“ストイック”

話を聞きながら、吉川さんを表すキーワードが何なのか思い浮かべていたが、どうもしっくりこない。
「なんだか、楽しそう」というフワァ〜っとしたものは間違いなくある。

その時ベテラン広報が最後に教えてくれたのは興味深い話だった。

「『自分と関係のないものは世の中にない』と考えると、世の中めっちゃおもしろく見えますよ。
例えば、『綺麗なお花があるから綺麗』なんじゃなくて、『綺麗だと思うから、そのお花は綺麗』なんです。
どんな難しいことも、絶対に、どこかで繋がっている。難しい本を『私、難しいから知らない、興味ないわ』ではなくて、どこかで必ず繋がっているから、その繋がりを見つけようとするんです。

全てのことは、自分の認識している何かと必ず繋がっていているんだと考えれば、目の前が変わって見えてくる。本人の気持ち次第で世の中の見え方は、変えることができるんですね。こう思ったら、世の中、めちゃくちゃ楽しくなります。」

これが“フワァ〜”の根本かもしれない。

「だからね、そういうスタンスだと、放課後のビールも美味しいんですよ。」

と、そのあと付け加えていたから、やっぱり吉川さんを表すキーワード第1位は、 “ビール”なのかもしれないけれど。

編集後記

めちゃくちゃ正直に言えば、今回吉川さんのお話を書くのは苦労しました。最後に書いた「フワァ〜」に翻弄されたからかもしれません。
1本芯は通っていながらも、そこに紐づく経験値がとてつもなく広い。掴めそうで掴めない。そんな感覚です。

吉川さんを理解するにはあと20年ほどかかりそうですが、まずは仕事終わりのビールを如何に美味しく飲むかにこだわって、試行錯誤してみようかなぁ。