
“楽しい”に飛び込む直感力─コーストFIREで見つけた自由と場所の持つ“チカラ”
ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。
今回お話を伺ったのは、ONthe BOXのオーナーであり、グラフィックレコーダーとして活躍しながら、電子書籍の出版支援など多彩な活動を行う吉岡 真美子さんです。高校教師からフリーランスへと転身し、コーストFIREという新しい生き方を実現した吉岡さんに、自由な働き方や人とのつながりについてお話を伺いました。
インタビュアー / 鶴野 ふみ
- グラフィックレコーダー / 吉岡 真美子 / スミレ
- 高校英語教員として勤務したのち、フリーランスへ転身。
現在はグラフィックレコーダーとして講演会やセミナーなどの可視化を行うほか、自身でも電子書籍を出版し、出版支援や情報発信のサポートなど幅広く活動。ONthe BOXのオーナーとしても、人や本がつながる場所づくりに携わっている。
お金に縛られずに生きたい。コーストFIREという生き方

吉岡さんの経歴で一際、目を引くのは「コーストFIRE」という言葉。「FIRE」は聞いたことがあっても、「コーストFIRE」ははじめてという方も多いのではないでしょうか。まず、「コーストFIRE」とはどんな生き方なのでしょう?
「コーストFIRE」とは、簡単に言うと「老後資金を貯めたあと、フルタイムで働かずに自分のペースで働くこと」です。「FIRE」は働かなくてもいいだけの資産を築いて完全に早期リタイアすることですが、「コーストFIRE」は現在の生活費は働いてまかなうという点が異なります。
実は、「コーストFIRE」という言葉を知ったのは、その状態になってからなんです。
今の自分の暮らし方を友人に話したら、「それってコーストFIREっていうんだよ」って教えてもらいました。名前を知る前から、結果的にそういう生き方を選んでいたみたいです(笑)。
わたしは、「お金は人生の選択肢を左右する」と思っています。だからなのか、小学生のころからお金を貯めるのが好きで。高校教師として働くようになってからは、「年齢とともに必ず給料が上がっていく」という安定の中、「初任給の範囲内で幸せと思える暮らしができれば、一生お金に困ることはないだろう」と考えていました。
お金では買えない、自分の心を満たす方法

その“幸せ”の価値観が変わるきっかけがあったそうですね。
あるとき、ボーナスを握りしめて、ずっと楽しみにしていた高級パフェを食べに行ったんです。すると、思ったほどおいしくなかった。それがきっかけで「あれ? もしかして、わたしの幸せって“金額”じゃないのかもしれない」と思うようになりました。
それから「自分は何をしているときに幸せを感じるのか」を突き詰めて考えました。たとえば「家で一人でたこ焼きを焼いたらめっちゃ楽しかった」とか「冬季限定のお気に入りのチョコレートがあれば心がほっこりする」とか、そんな小さな幸せをどんどんリスト化していったんです。
そうすると、ストレスやモヤモヤを感じたときでも、自分の機嫌を取る方法がわかってきたんです。不思議なことに小さな幸せで自分の心が満たされると、「おいしいものが食べたい」「お酒が飲みたい」「ブランド品が欲しい」といった欲求がスッと消えていき、無駄遣いが劇的に減りました。
公務員を辞めるという決断

その後、吉岡さんは高校教師を退職されます。安定した公務員を辞めるのは大きな決断のように思いますが、何かきっかけがあったのでしょうか?
父が体調を崩して入院していたときのことです。お医者さまからは「そろそろ峠です」と告げられていました。その日はちょうど、顧問をしていたバスケットボール部の試合があって。わたしが引率しなければ、生徒たちはコートに立てません。でも、病院には父がいる。どちらを選ぶべきかわかってはいたけれど、心が追いつきませんでした。
結局、引率を選びました。教師としては“正しい選択”だったと思います。けれど、人としてのわたしは、その判断に納得できなかった。
そのとき考えたんです。「お金も仕事も大事だけど、いま本当に大切にしたいものは何だろう」って。老後の生活に困らないだけの貯金はすでにありました。ということは、これからは“生きていくだけのお金”を稼げばいい。そう考え、高校教師を退職する決断をしました。
“楽しい”に従ったら、仕事が広がっていった

退職後はどのように新しい働き方を見つけていかれたのでしょう?
正直、「次にこれをやろう」と決めていたわけではなかったんです。だから、いろんなセミナーに参加していたのですが、あるセミナーでグラフィックレコーディングをしている人を見かけました。その場で話を聞きながら、どんどん絵を使ってまとめていく姿を見て、「あ、わたし、これできる」と直感で思ったんです。
昔からノートをまとめるのが得意で、 “わかりやすく整理する”ことが好きでした。資格が必要な仕事でもないと知って、「とりあえず、やってみよう」と行動に移しました。
まず、大学の無料公開講座に申し込み、一番前の席に座って、講義の内容をグラフィックレコーディングをしました。授業後、教授にそれを見せに行ったら「面白いね。次はいつ来てくれる?」と声をかけていただいて。
そこから、いろんな大学の講座に参加して、「こういうことをしています」と営業活動。もちろん、断られることもたくさんありましたけど、少しずつ仕事につながっていきました。

吉岡さんにとって、グラフィックレコーディングの魅力って何ですか?
自分の好奇心のままにノートを取ってるだけなのに、周りの人から「すごいね」って評価されるところですかね。自分がやってることが人の役に立つのがただただ、不思議で楽しいです。
また、グラレコを通じていろんな世界とつながれるのも魅力です。
あるとき、看護師さんと出会って。その方が「介護のセミナーに登壇するから着いてくる?」と誘ってくれました。興味本位で行ってみたら、そこにいた方々とつながって、今、介護に関するグラレコもたくさん書いているんですよ。
介護のグラレコを描いていると、テーマの中に自分の経験とつながる瞬間があるんです。父の看取りを通して感じたことや、あのときの自分の気持ちを思い出すこともあって。だからこそ、誰かの立場を想像しながら描けるのかもしれません。
そうして介護分野の仕事を続けていくうちに、新たな出会いがあり、仕事のお話をいただいたこともあります。
今、面白そうだなと思ったことは、全部やってるんです。なかには無償のものもあります。ただ、お金になるかどうかより、“やってみたい”という基準で選べるのは、やっぱり経済的にある程度の基盤があるからこそだと思っています。
ONtheで知った場所の持つ「チカラ」

吉岡さんはONthe BOX(書籍や雑誌、ハンドメイド作品の販売や、企業や団体のPRに利用できる箱)のオーナーでもありますね。
はい。信頼してる方がONthe BOXのオーナーで「なんだか楽しそう」と思ったのがきっかけです。最初は自分の本を販売してたのですが、「わたしらしくないな」と思い、友人の本を置くようになりました。
友人たちに「ONthe BOXで本を売るよー」と声をかけると、みんなとても喜んでくれて。実際に足を運んで見に来てくれるんです。これまでネット上の関係だったつながりが、ONthe BOXをきっかけに顔を合わせて話すようになり、そこからまた新しいつながりが生まれています。場所が持つチカラって本当にすごいな、と改めて感じています。
これからは、BOXオーナー同士のつながりも深めていけたらと思っています。お互いの活動を知ったり、コラボできるようなきっかけをつくったり。ONtheという場所を通じて、人や思いが交わっていくのが楽しみです。
口に出せばきっと叶う

今の暮らしやお仕事、とても充実されているように感じます。これから挑戦してみたいことはありますか?
わたし、目標を立てるのがあまり得意じゃないんです。「こうしよう」と決めて動くより、「面白そうだな」と思ったことをその都度やってきた感じで、気づいたらそれが形になっていました(笑)。
ただ、やりたいことは、口に出せばきっと叶うと思っています。誰かに話すことで、自分でも「やってみよう」って思えるし、それを聞いた誰かが「それなら一緒にやってみようか」と声をかけてくれることもあります。だから、まずは言葉にすることを大事にしています。
これからも、経済的な安心をベースに、自分の“楽しい”を軸にいろんなことに挑戦していきたいです。“お金のために働く”じゃなくて、“自分のために働く”。そんな生き方を続けていけたらいいなと思っています。
編集後記
「大阪・関西万博」についても発信し、今では5.2万人ものフォロワーを持つ吉岡さん。
そのきっかけを聞くと、「楽しそうだったから」と笑って話してくれました。ただ発信の内容は、“初めて万博に行く人が知りたい情報”を意識していたそう。自分が楽しむだけでなく、見る人にとっても役立つものを──そんな思いがフォロワーの共感を呼んだのだと思います。
お話をしていると、こちらまで前向きな気持ちになっていくような、不思議な魅力を持つ方でした。吉岡さんの発信や活動には、「楽しい」を原動力に、周りの人まで笑顔にしていく力がありました。
(文:鶴野 ふみ、写真:中山 雄治)


