
コーヒーで、人生を焙煎する — コーヒーから始まる、つながりと仕組みの話
ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは、コーヒーの焙煎講座をはじめ、豆の卸売り、カフェ経営、福祉事業所の支援など、さまざまな取り組みを広げている向井 務さんです。「コーヒー」の先にある仕組みづくりやこれからの展望をお伺いしました。
インタビュアー / 鶴野 ふみ
- 珈琲の伝道師 / 向井 務
- 川西市出身。プログラマーとして勤務する傍ら珈琲焙煎工房「みさご珈琲」をオープン。現在は宝塚市に拠点を構え、焙煎講座の運営やコーヒー豆の卸、喫茶店経営、福祉事業所支援、起業相談など、多方面で活動中。
コーヒーとの出会いが、人生を変えた

── 向井さんがコーヒーに関わるようになったのは、ちょっとした偶然だったそうですね。
「もともとはコーヒー、飲めなかったんですよ。実は、今でも少し苦手なくらい(笑)。コーヒーと出会ったのは、IT業界でプログラマーとして働いていたときです。当時は田舎のアパートで独り暮らし。小さなワンルームでもできる趣味を探しているところでした。
そんなとき、コーヒーが苦手な自分でも“この人のコーヒーなら飲める”と思える一杯に出会ったんです。その方、実はサミットなどでもコーヒーを提供した、『焙煎技術の第一人者』と言われている方でした。
その方から“コーヒーの世界は広くて、自由”と聞き、コーヒーの持つ柔軟さと奥深さに強く惹かれたのがきっかけですね。そこから少しずつ知識を深めていき、気が付いたら、いつの間にか本業になっていました。」
── プログラマーからの転職は大きな変化だったと思います。不安はなかったのですか?
「もちろんありました。でも、それ以上に“楽しみたい”って気持ちの方が強かったですね。僕は、人生に無駄な経験ってないと思っています。プログラマーとして培ったプロジェクトマネジメントの知識も、コーヒーの知識を深めていく中でかなり役立ちました。
コーヒーの世界に飛び込んだからといって、過去の経験がリセットされるわけではありません。“自分”って、使い倒そうと思えばいくらでも使い倒せると思うんですよ。無理にでも何かと結びつければ、道は開けてくる。自分の中にある経験を、どう面白がってつなげていくか。それが次の一歩になる気がしています。
今回は、それがプログラミングとコーヒーだったというだけです。もちろん、独立に向けての準備もしっかりしましたけどね。
独立後に最初に手がけたのはコーヒー講座。コーヒーの淹れ方を知ればもっとおいしくなる、そんな体験を誰かと共有したかったんです。
「育てる」が仕事。仕組みを作り、仲間を増やす

── 向井さんの「珈琲マスター講座」には、日本各地から受講生が集まってくるそうですね。
「はい。受講生の動機や背景は本当にさまざまです。コーヒーを仕事にしたい人もいれば、純粋に趣味として楽しみたい人も。年齢も職業もバラバラですが、同じ焙煎機を囲んで、一緒に学んでいます。そんなふうに、コーヒーを通して思いがけない人とつながれるのも、この講座の面白さだと思います。
うちは“焙煎とビジネスをセットで教える”っていうスタイル。技術だけじゃなくて、それをどう活かすか。どういう市場があって、どんな方法なら、ビジネスとして続けていけるか。そういうところまで全部含めてコーヒーだと考えています。
もうひとつ特徴的なのが、焙煎についても幅広く取り扱っていること。浅煎り・深煎りって、同じコーヒーでも全然アプローチが違うんですよ。
焙煎や抽出技術だけじゃなくて、その後のビジネスのことや、焙煎を横断的に学べる講座って意外と少ないみたいで。だから東京からも盛岡からも、600キロ以上かけて通ってくれる方もいますね。」
──“教える”ときに心がけていることは?

僕自身は“教える”っていうより、一緒に育っていく感覚が心地いいと思っています。だから、仲間を増やしていくようなスタンスでいたいんです。
もともとゲームが好きなので、講座もリアル版育成ゲームみたいなものに感じています。受講生が少しずつ自分のペースで成長していくのを、横で見守り、ときどき手を貸す。そんな関わり方を楽しんでいます。
上下関係じゃなくて、横並びでベクトルを合わせて進んでいく。そういう関係性がいちばんしっくりくるんですよね。
それから、仕組みをつくるのも好きです。上からの指示ではなくて、それぞれが“自分の役割”を見つけて動くような場。自然とそういうチームが育っていくのを見るのが、すごく楽しいんです。
──「珈琲マスター講座」だけでなく、コーヒー豆の卸売やフランチャイズ展開、シェアロースターの運営、さらには福祉作業所の立ち上げ支援や地域の企業連携など、向井さんの活動は多岐にわたっていますね。
一見すると幅広く見えますが、軸にあるのはひとつ、「仕組みを作ること」です。
とはいえ、最初から全部がうまくいったわけじゃありませんよ。今も試行錯誤の連続です。でも、やってるうちに“こうしたら続けられるな”っていう形が少しずつ見えてくる。その仕組みをまた誰かに渡していけたらいいなと思ってます。
ONtheは動き続ける毎日の止まり木

──さまざまな事業で忙しい毎日を過ごしている向井さんにとってONthe UMEDAはどのような場所ですか?
打ち合わせで会議室を使わせてもらったり、作業をしたり。たまに昼寝もしますよ(笑)。仕事の拠点でありながら、ちょっとだけ“止まる”ことができる。止まりすぎず、動きすぎず、その“間”がちょうどいいと感じています。立地の良さも魅力で、取引先へのアクセスがしやすく助かっています。
ONtheでは、ほかの人と話すことは少ないけれど、近くに誰かがいる気配を心地良く感じていますね。
僕は鳥が好きで、屋号も鳥の名前から“みさご珈琲”にしました。みさごという鳥は、知らないとなかなか気づかないけれど、知っている人はすぐに見つけられる。そんな静かで自然な存在感に惹かれたんです。
ONtheにも、どこかそれに通じる空気があります。前に出すぎず、でもしっかりそこにある。そんな“止まり木”のような空間が、日々の中にちょうどよく馴染んでくれています。
コーヒーを超えて、「街をつくる」未来へ

──これからどんなことに取り組んでいきたいですか?
将来的には、街を丸ごとつくりたいと思っています。住む人が安心して暮らせて、ちゃんと経済も回るような。企業城下町のように“この街にいれば仕事もあるし、文化もある”っていう状態を自分で設計できたら面白いなと思っていて。
今もフランチャイズを通じて、各地で自立できる人を増やしていこうとしています。その人が地元に根づいて、地域の人を巻き込んで、仲間をつくっていく。それが自然と経済や福祉の仕組みにもつながっていく。
そこを目指して、まずはさらに会社としての力を付けていくことが目標ですね。
──お話を伺っていて、スケールの大きさにびっくりしました。そんな向井さんの原動力って、何なんでしょう?
正直に言えば、“暇が嫌”ってところからスタートしてます(笑)。でも誰かに頼られたり、必要とされたりするのはやっぱりうれしい。頼られることで、また次に動き出すエネルギーがもらえるんですよね。
僕個人は、神社の神様みたいな存在になれたらいいなって思ってるんです。地元の神社の氏神様みたいな身近な存在です。「ようわからんけど、一応お願いしてみるか」って思えるような(笑)。お賽銭はあってもなくてもOK。ただ、来てくれた人の何かにちゃんと応えられる、そんな存在になれたらいいなって思っています。
編集後記
実は「先生」という立場の方とお話しするのは、ちょっと苦手。すべてを見透かされてしまいそうで、ついつい身構えてしまいます。取材前に向井さんのホームページを拝見したときも、理路整然とした印象で、正直ドキドキしながらインタビューに臨みました。
でも実際にお会いした向井さんは、拍子抜けするほど気さく。とても柔らかい雰囲気の方でした。びっくりするような大企業ともお仕事をされているのに、まったく気負いがない。その自然体が、逆にすごいなと感じました。
きっと、目指しているのが“楽しむこと”や“人の役に立つこと”だからこそ、力を入れずに続けられるのでしょう。だから、向井さんの周りには自然と魅力的な人が集まってくるのだと思いました。
「いちばんおいしいコーヒーは、好きな人が淹れてくれたコーヒー」
そんな一言が、すごく向井さんらしくて、心に残っています。
向井さんの活動について詳しく知りたい方は、ぜひ「みさご珈琲」のホームページをご覧ください。
(文:鶴野 ふみ、写真:今井 剛)