「医療ではなく健康づくりにお金を使おう」『健康経営』で企業の生産性向上を実現する
ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは『健康経営』を企業に展開するサポートを行なっている、西口泰さんです。健康経営の概要から西口さんが関西電力より独立した経緯まで、詳しくお話を伺いました。
インタビュアー / 知院 ゆじ
- 一般社団法人 関西・健康経営推進協議会 代表理事、株式会社大阪わいずプランニング 代表取締役 / 西口 泰(62歳)
- 関西電力に入社後、さまざまな社内プロジェクトに携わる。51才で早期退職し『株式会社大阪わいずプランニング』を設立。現在は『一般社団法人 関西・健康経営推進協議会』の代表理事も務め『健康経営』の普及に努めている。
従業員の健康を経営に生かすのが『健康経営』
『健康経営』と聞くと、企業の財務状況をイメージする方が多いのではないだろうか。恥ずかしながら、私もそう思っていた。
「健康経営は、従業員の健康管理を経営的な視点で考えて、経営に生かす考え方なんです」
従業員の心身の健康づくりに積極的に取り組むことで、企業の持続的な成長と経営面で大きな成果を生み出すというのが、健康経営の意味するところであるという。
「経営者の中には、健康は個人の裁量であって健康管理には会社が関与することではない、という意識を持つ方が一定数いらっしゃいます。また、個人の健康診断は個人情報なので、会社が立ち入ってはいけない領域だという考え方はまだまだ根強いものです。そういった従業員の健康管理を経営レベルまで持ち上げて、企業にリターンを与えられる形で取り組みましょうというのが、健康経営という概念です」
健康診断は経費ではなく「投資」と捉える
たとえば、従業員の健康診断も、健康経営に当てはめると『投資』という捉え方になる。
「本来なら仕事をしている業務時間内に健康診断を受けてもらい、それを経費ではなく投資と考える。経費であれば経営につながらなくても問題ないですが、投資と考えればリターンを求めるのは当然です。従業員の心身が整うと、生産性の向上にもつながります。健康診断の結果に経営陣が関心を持つことで、企業の健康経営につながっていきます」
突き詰めていくと、医療費の削減も健康経営につながるとのこと。
「医療費は2025年に50兆円を超えるといわれており、高齢になればなるほど出費が急激に上がります。そこで、現在使われている高齢者の医療費を、若い世代の予防医療に回すことを考える。ヘルステック(先端技術を活用して健康・医療における問題を解決するシステム)で病気の予防や早期発見に使うと、従業員の健康が守られて企業の安定経営に寄与します。予防医療によって病気を防ぐことで、高齢者になった際の医療費負担が抑えられ、将来的には医療費の削減へとつなげられます」
これらを周知するために、イベントやセミナーを定期的に開催している。しかし、社会全体に広げるためには別の施策が必要だとも考えているそうだ。
「健康保険を使った施策を充実するべきだと思っています。治療に健康保険を使うばかりではなくて、医療の手前の行動変容につながるところで使えるようにする。さらに、健保組合のネットワークを使うと、一律的に施策を伝達できるメリットもあります。現在はまだアイデアベースですが、関係省庁への働きかけを進めていきたいと考えています」
健康経営がビジネスになる施策を打っていく
経営者を納得させるには、健康経営がビジネスになるかどうかも重要だと西口さんは話す。
「現在、標準報酬月額から10%くらい、保険料として天引きされているわけです。天引きという性質から、保険料が引かれているのを意識していない経営者も見られます。そこで、保険料率を1%減らすと企業規模もよりますが出費が数百万変わることを示すと、経営者は絶対に興味を持つはずです」
ただ、今の制度では1社だけ保険料率を変えることはできない上に、国の定めた『健康経営優良法人認定制度』を取得していても、保険料率を下げるといったインセンティブはない。
「どうにかして保険料率を減らす部分は具現化したいと考えています。インセンティブで保険料率を下げる制度はあるにはあるのですが、現在は都道府県単位での制度なんです。大阪府でいえば企業数は19万社あるので、それを1軒ずつ訪問して、インセンティブの内容を伝えて保険料率を下げる施策に取り組んでもらうのは、現実的ではない。新しい健保の仕組み作りで保険料率を減らせるよう、関係省庁に働きかけていきたいですね」
仕事は面白かったがどうしても独立したかった
もともと、西口さんは企業勤めだった。高校卒業後、早く親元を離れて社会に出たいとの思いから、関西電力へ就職する。
「深く考えずに就職したのですが、非常によい会社だったなと今でも思います」
関西電力は、どちらかといえば官僚的で堅いイメージのある企業。その中にあって、西口さんは一風変わったプロジェクトばかり担当していたそうだ。
「本社ビルを50年ぶりに移転するプロジェクトの担当や、新しく全国的に展開するイベントの事務局など、何十年に一度とか今このタイミングでしか起こらないとか、そういった仕事ばかり担当してきました。ルーティンワークが面白く感じられない私にとって、とても楽しい仕事ばかりでしたね」
しかし、30代になると徐々に意識が変化してくる。
「面白い仕事をさせてもらっていたのは間違いないし、周囲と軋轢があったわけでもなかった。しかし、どれだけ楽しい仕事でもコップの中の出来事だと感じるようになってきたんです」
モヤモヤした気持ちが大きくなってきた矢先に、世のベンチャーブームに乗って関西電力でも社内ベンチャー制度が導入された。西口さんが40歳のときである。
「これはチャンスだと手をあげました。3ヶ月かけて自分の出したプランを練りに練って、役員の前で自分の思いをプレゼンする。自分の考えた事業が具現化する可能性に心が弾み、土日も関係なくプランを手直ししていました」
プレゼンでは手応えを感じたが、最終選考で落選してしまう。
「”収益性が厳しい”と経営陣から指摘されたのを、今でもはっきりと覚えています。落ちたのは悔しかったのですが、自分の考えた事業を生み出す経験はとても楽しく、やりがいを感じました。そこで、人生の第二ラウンドは起業にあると気づき、50歳には独立しようと心に決めたんです」
試行錯誤して進むべき健康分野が明確になる
50歳での独立を目指し、社内の誰にも言わず休日や時間外を勉強や人脈形成の時間に充てた。経営者が集うコミュニティにも積極的に参加し、意思決定の速さを目の当たりにして、ますます「自分もやりたい」という気持ちが高まる。
「自分自身には、エンジニアとして手に職があるわけではない。企画の立案や業務の調整役として、これまで仕事で実績をあげてきた自負があります。自分一人だけではできないけれど、多くの皆さんと築いてきた関係性を生かして仕事をしたいと、2014年に51歳で早期退職して『株式会社大阪わいずプランニング』を立ち上げました」
独立後は健康分野の事業化を推し進めていたが、思うように進まない。
「当時、厚生労働省が健康寿命を延ばす目的で『スマート・ライフ・プロジェクト』を推進しているのを受けて、事業化しようと取り組んでいました。ところが、『スマート・ライフ・プロジェクト』には事業という発想がなかったため、なかなかうまくいかない。悩んでいた頃、経済産業省が『日本企業には健康経営が必要』だと推進しているのを知ったんです。そこで、自分が取り組むべき健康分野は、健康寿命ではなく企業の健康経営だと気づきました」
そこで、多方面に声をかけて健康経営に関するセミナーや勉強会を開催していたが、それだけでは事業になりにくいと、2021年に『一般社団法人 関西・健康経営推進協議会』として立ち上げる。
「きっちり事業としてやっていくのが重要と、法人格にして現在の体制になりました。いくら楽しく興味深い内容でも、事業化しないと広げられるものもなかなか広がらないものです」
関西電力時代の「収益性が厳しい」という指摘があったからこそ、事業化に舵を取れたのではと私は感じた。
ONtheUMEDAはアクセス抜群で欠かせない拠点
ONtheUMEDAを利用し始めて、現在で3年ほどになる。
「もともとの拠点が場所的に不便だったので、新しい場所を探しているときにフラッと寄って話を聞いてみたんです。なんといっても、ロケーションがすばらしい。JR大阪駅をはじめ、阪神阪急地下鉄も使えると、アクセスが抜群にいいところがよいですね。内装のセンスやくつろげるスペースも気に入り、ほぼ即断で利用を決めました」
誰かと会う際には、たいていONtheUMEDAを使っているそうだ。
「人と会う仕事なものですから、週に2~3回は利用しています。カフェに行くよりも落ち着いて話せますし、ちょっとした空き時間にも寄りやすい。初めて来た人には、こんなところにこんないいスペースがあったんですねと驚かれます」
『健康経営』を海外にも広めたい
『一般社団法人 関西・健康経営推進協議会』には、現在30数社が所属している。
「健康経営は、企業理念の一つです。褒められたいとか認定が欲しいから導入するのではなく、従業員を大切にしたい、企業をもっとよくしたいといった上位の概念があってこその健康経営だと考えています。そういった意識を持っている経営者の方は、健康経営の理念をうまく業務に落とし込めていますね」
近い将来、海外でも健康経営を展開したいと考えているそうだ。
「ASEAN10カ国の中で、タイは高齢化社会(人口の7%以上が65歳以上)を過ぎて、日本と同じ高齢社会(人口の14%以上が65歳以上)に到達しました。また、高齢化社会から高齢社会まで20年足らずと、日本と同じようなスピード感で進んでいます」
日本には、国民皆保険といった保険制度がある。しかし、タイはそういった制度が整っていない中で高齢社会を迎えてしまったのが問題だという。
「これは、国としてかなり重篤な問題です。甘い辛いの強い食事が好きな国民性なので、糖尿病をはじめ生活習慣病になる方が非常に多い。そこを改善させるには、健康経営の理念は非常にマッチします。タイは親日国であり、ある程度経済が安定しているので施策に取り組みやすい。逆に、タイでうまくいった取り組みを日本に持って帰ることができれば、どちらにもメリットがある。現在、関西健康経営推進協議会のメンバーと一緒に取り組みを始めています」
2027年に関西で開催される『ワールドマスターズゲームズ』(30歳以上を対象とした世界規模の国際総合競技大会)をきっかけに、世界各国のビジネスパーソンとのマッチングも進めているそうだ。
「ワールドマスターズゲームズには、国内外から5万人規模、海外からも3万人ほど来阪すると試算されています。比較的富裕層が訪れ、長期滞在する人が多いことから、インバウンドも含めて期待されているイベントです。どうせ来てもらうならこの時期にと、各国からビジネスパーソンを呼び込んで関係性を作ろうともくろんでいます」
西口さんの仕事で一貫しているのは、あくまで企業や個人のサポート役に徹しているところだ。
「医療にお金を払うより、健康作りに払った方がいいですよね」
この言葉に、西口さんの思いがすべて詰まっていると感じた。
編集後記
健康経営を仕事にしているだけあって、西口さんご自身もスポーツをたしなまれているそうです。
「マラソンと卓球をしています。実は、ワールドマスターズゲームズに選手として出場する予定なんですよ」
かなり本格的じゃないですか!
「ランナーですので、毎朝ランニングしています。卓球は高校時代やっていたのを再開したのですが、72歳の大先輩に指導してもらっていたら、自分でも驚くほど上達しました」
年齢よりもかなり若く見える西口さん。「健全な経営には健康が大切だ」といっているのが実感できました。私も健康維持のため、何か始めたいと思います……。
なお、西口さんが代表をされている各社のサイトは、次のとおりです。
(執筆:知院 ゆじ、撮影:今井 剛)