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見守り事業の市場を構築し、世の中から孤独死をなくしたい

ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは、予測事業とAI見守り事業を展開する藤本典志さんです。大会社の社長職を辞してまで取り組む「見守り事業」への並々ならぬ思いについて、詳しくお話を伺いました。

インタビュアー / 知院 ゆじ

セキュアリンク株式会社 代表取締役 / 藤本 典志
大阪府出身。大学卒業後はゲーム会社に就職後セコムへ入社、ラグビー選手として活躍する。引退後はMBAを取得し、さらなる知識取得のため筑波大学大学院博士課程へ進学。その後シップヘルスケアホールディングス株式会社で経営に関わり、日本パナユーズ株式会社の代表取締役を経て現業に従事。AIを利用した見守り事業と、予測事業を中心に事業展開している。

きっかけは「母親の孤独死」

「おふくろの孤独死が、今の事業を始めたきっかけなんです」

「気は優しくて力持ち」といった雰囲気の藤本さん。優しく穏やかな語り口、そして強い意志が感じられる目で話してくださる内容は、かなりショッキングで興味深いものだった。

駐車場経営からデータ予測・AI事業へ

藤本さんの経営する『セキュアリンク株式会社』は、2016年の創業。当初は母親が生活できるだけのお金があればということで、母親を社長として駐車場経営を中心に運営していたそうだ。藤本さんが全面的に引き継いだ現在では、データを利用した予測事業とAIを利用した見守り事業を中心に展開している。

「予測事業というのは、たとえばONtheのような屋内空間があった場合、フロアのどのあたりでどういうアクシデントが起こりそうか予測するというものです。屋外で危険予測をして警備や混雑を回避するという技術はよくあるのですが、それを屋内に転用しているのは弊社だけになります」

AI事業では、Wi-Fiの波紋の変化を機械で読み取り、人やものの動きをAI技術で監視する見守りサービス「CareSense(ケアセンス)」を展開する。

「簡単にいえば、イルカやコウモリと同じような仕組みです。どら焼きくらいの大きさの機械を、見守りたい場所に複数台設置します。もし機械と機械の間に人がいる場合、Wi-Fiの波紋が人に当たって跳ね返る。その角度やスピードを読み取って、設置場所の状況を把握します」

「CareSense(ケアセンス)」の端末。サイズ感も見た目もどら焼きに近い。

ケアセンスは睡眠時の胸の動きを読み取り、レム睡眠かノンレム睡眠まで把握できるくらいの精度を誇るという。たとえば数分間まったく動いていなければアラートが出て、サービス付き高齢者住宅では管理人に通知することもできる。

「老人ホームでは、扉を開けるくらいの小さな物音で入居者の25%が目を覚ましてしまう。夜間巡回は入居者の安全確保に必要ですが、果たして本当に入居者のためになるのか疑問を持ちました。ご年配の方は睡眠時間も短いので、寝ているときは寝かしておいてあげたい。弊社のケアセンスを使えば、巡回しなくても入居者の状況を管理人室からモニタリングできるので、物音を立てる状況を減らせます。巡回に充てていた時間を事務処理など他の業務に回せるのも、事業者にとっては利点です」

監視カメラやウェアラブル端末を使う見守りのシステムはよく見られるが、Wi-Fiを使うというのはかなり斬新で、多くの業界から注目を集める存在となっている。見守り端末の設置工事も必要なく、カメラやウェアラブル端末といった監視の目がないことでプライバシーが確保でき、ストレスを最小限に抑えられるのもメリットとなる。

ラグビー選手からMBA取得、大企業の社長へ

藤本さんは新卒でゲーム会社に就職したが、大学時代まで続けたラグビーを社会人でも続けたいとの思いから、セコムへ転職。しかし、頭の骨を折る大ケガを負ってしまったためラグビーを続けられなくなり引退、社業に専念することとなる。

「セコムで社業をする中で『防犯カメラはなぜそこについているのか』という疑問を持ったんです。カメラの設置場所には、当然それなりの理由があるのですが、個人の経験値に左右される部分も見られました。それを定量化して適正に設置するには、経験と知識が必要だと感じて勉強を始めたんです」

一念発起して勉強を進め、MBAを取得。その後さらに学びを深めるため、セコムを退社し筑波大学大学院システム情報工学研究群へ入学する。

大学院にて博士課程に進学の際、セコム時代に知り合った『シップヘルスケアホールディングス』の創業者に誘われ入社、グループ企業の警備会社『日本パナユーズ株式会社』の社長に就任する。

ここまでの藤本さんの経歴を見ると、企業人として順風満帆の歩みだと思える。しかし、突然日本パナユーズの社長を辞して、現在のセキュアリンク株式会社に注力することに。

大企業を退職してまで転職するきっかけとなったのは、母親の孤独死である。

自責の念から見守りのテクノロジーを探求する

母親の孤独死の状況を思い出すと、今でも涙がこぼれそうになるという。

「当時、おふくろが住んでいる家の前を通って通勤していたんです。おふくろは洗濯が好きだったので、毎日ベランダに洗濯物が干してあった。その洗濯物を見て、元気にしているかどうか確認していました」

とある月曜日、晴れの日が続いていたのに洗濯物が干されていないのに気づいた。

「少しおかしいなと思ったのですが、そのときはそこまで深く考えませんでした。しかし、翌日もその翌日もベランダを見ると洗濯物が干されていない。違和感は強くなったのですが、連絡せず素通りしてしまったんです」

そして翌日の木曜日。「郵便受けから新聞があふれているので、見にきてほしい」と隣の家から連絡があったそうだ。

「セコム時代にもそういう話はよくあったので、正直『もうあかんかも』と思って家の扉を開けると、テレビがついている。その前で、おふくろが顔を伏せて座ったまま亡くなっていた。この光景がショッキングで忘れられないんです。

どうしておふくろの異変や虫の知らせに気づいてあげられなかったのか。本当に申し訳なく、自責の念に堪えませんでした」

母親の死を契機に、藤本さんの孤独死に対する思いが強まる。

「当時、私は1,000人以上の従業員を抱える会社の社長。ぱっと社長の座を投げ出して、自分のやりたい事業をするわけにはいかない。どうすればよいか悩んでいたところ、たまたまこのタイミングで日本パナユーズからホールディングスに戻らないかという打診があったんです。これは渡りに船だということで、思い切って退社しました」

母親が他界してから孤独死について調べるうち、母親とよく似た状況で亡くなる方が多いことがわかってきた。世界中の文献や学会をあたり、見守り技術の情報を来る日も来る日も探し求めていくと、望む形に近いものがアメリカで見つかる。それが、現在のケアセンスの原型となるものである。

「日本でもやりたいと掛け合ったところ、ヘルスケア部門を使ってもよいと許可が出ました。アメリカの技術は割と大雑把で『これだけのデータがある、すべて渡すからあとはご自由に』といった形で丸投げされる。今の技術に具現化できる人材をピンポイントで探すのが大変でした」

ONtheは大阪の拠点

基本的に、ビジネスの展開は東京のほうが早い。ネットワークや市場展開のスピード感を考えると、地盤は大阪に置いたとしても、東京のマーケットを取りにいくのは必然だと藤本さんは考えている。

「現在は、東京と大阪を半々の割合で行き来しています。ONtheは知人の紹介で知りました。大阪に帰ってきた際にヘッドオフィスという形で、おもに住所利用や事務処理などの業務で利用しています」

藤本さんには、現在2歳になる息子さんがいるそう。

「妻には『東京ばかり出張に行くと、育児がワンオペになる!』といわれています(笑)」

「見守り屋さん」の市場を作り息子に伝えたい

今後の事業展開として、2040年には売上116億円を目指すと藤本さんは語る。

「会社の将来を創業期、成長期、拡大期と10年単位で見ています。現在は創業期なので、会社をステップアップさせる時期。今後どこかのタイミングで、株式公開もできればいいなと思っています。直近では、この2~3年でいろいろなところのビジネスピッチやビジネスコンテストに出て、事業の認知度を上げるのが目標です」

今後の事業の柱として育てていきたいのは、やはり見守り事業である。見守りシステムに関しては、ここ数年で大きく動き出した実感があるという。

「今後の課題としては、人材と資金面ですね。ソフトを継続して開発するには、さらに多くの人材が必要になると考えています。また、攻めの営業をかけるには資金力も重要です。見守り事業は現状では法人向けのみの展開ですが、今後は一般家庭向けやペットの見守りも開発したいと考えています。パートナーになりたいと手を挙げてくれている企業もあるので、近いうちに形にしたいですね。」

息子さんが物心つくまでには「お父さんは見守り屋さんをやっているんだよ」といえるくらい、見守り事業の市場を広げたいと思っているそうだ。

「息子がどう思うかはわかりませんが『おばあちゃんとお父さんでセキュアリンクを創業して、おばあちゃんからお父さんが受け継いで、今お父さんはこんな仕事をしているんだ』というストーリーを、のちのち理解してくれればいいなと思っています。ただ、今のままではお父さんが何屋さんかわからない。見守り事業だけでやっている企業はそれほど多くないので、見守り屋さんが市場となるように業界全体を盛り上げていきたいですね。息子にお金は残せないかもしれませんが、事業や業界は残せますから」

編集後記

息子さんの話をされるときは、藤本さんの頬もゆるみます。

「息子にも、ラグビーはやってほしいですよ!しかし、妻からは『汚れるしケガも怖いからやめて』といわれています。私がケガでラグビーを諦めたのも知っていますので」

たしかに、奥さまから見れば不安がよぎるのは理解できます……。

「現在、私は50歳。息子が成人する頃には70歳なので、将来ラグビーを教えるのは体力的に厳しいかもしれません。せめてキャッチボールくらいはできればいいなとは思っています」

奇しくも、藤本さんと私は同年代。体にガタがこないよう、お互いメンテナンスを頑張っていきたいものです。

*見守り事業や予測事業に関するお問い合わせは『セキュアリンク株式会社』までお願いします!

(文:知院 ゆじ、写真:今井 剛)