「人事を尽くさないものに天命はおりない」生産者の”思い”を世界中に届ける
ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは、貿易会社の社長をされている木下寛子さんです。「海外へ日本の良いものを広めたい」という熱い思いを持った木下さんの仕事内容について、詳しく教えていただきました。
インタビュアー / 知院 ゆじ
- 株式会社ELN 代表取締役 / 木下 寛子
- 京都府出身。医療機器メーカー・物流会社の勤務を経て、2008年に倉敷市にて独立開業。パリ・シンガポールに現地法人を持ち、貿易コンサルタント・通関業務・国際マーケティングなど、幅広い業務に携わる。また中小機構において、中四国地域の国際アドバイザーとしての業務も兼任する。
国際貿易によって、日本の良い商品を世界へ
商売は、三方良し。
「売り手」「買い手」「世間」の三方すべてによい影響をもたらす商売がよいとする、近江商人の考え方だ。
木下さんの手がける事業は、すべてその理念に基づいているといっても過言ではない。
「おもに中四国地方の各県が海外に販売したいものを、メディアなどで展開して現地の百貨店や飲食店に売り込むお手伝いをしています。
たとえば白桃やぶどうなど、日本の高級果物はアジア圏でよく売れています。シンガポールでは、1房2万円くらいする高級ぶどうがよく売れるんですよ。
一方で台湾や香港・中国などでは、果実リキュールもよく出ますね。ほかには日本のウイスキーも引く手あまたですし、すべて日本産の原料で造ったクラフトビールなんかも売り込もうと、商品開発のお手伝いをしています」
お話を伺っているとすべて順風満帆のように思えるが、苦戦している商材があるという。
「日本酒ですね。ヨーロッパ、とくにフランスに日本酒を入れたいのですが、ワインの文化が根強いのでけっこう厳しいんですよ」
ヨーロッパでワインと勝負するには、現地のソムリエを納得させなければ難しいと実感したそうだ。
「コロナ前には日本酒の酒蔵の方と一緒にフランスへ行って、メディアや星付きのレストラン、ソムリエの学校などを招待して大々的な訴求活動をしてきました。
日本の酒蔵が工夫して培ってきた日本酒造りを、ストーリーとして伝えられたら販路が広げられると考えていまして。そのストーリーをうまく伝えられないのが、一番苦戦しているところですね。
「麹(こうじ)ってなに?」「なぜ精米してから醸造するの?」といった話を伝えようと通訳しても、先方には日本酒の知識がないのであまり理解してもらえない。
そして酒蔵の方は基本的に職人さんなので、料理との相性や販売方法の展開を語るのが苦手。でも現地の方が欲しい情報は料理との相性や販売方法なので、すこしずれてしまうんですよね。
ただ日本酒を並べて説明するだけでは、いくら良い商品であっても売れないな、と」
とはいえ、オーストラリアやアジアでは、日本酒の販売数は伸びてきているという。
「日本酒だけを持って行っても売れないので、なにかプラスアルファを持参するようにしています。たとえば、備前焼の器を持って行ってそれで飲んでもらうとか、発泡性の日本酒やカクテルベースで使ってもらう提案などですね」
日本酒でつくる梅酒も、海外で人気を集めているそうだ。
「梅の果実を輸出して、現地で梅酒を漬けてもらうんですよ!そうすると、梅も日本酒も売れますので」
”三方良し”を実現するための熱量とアイディアは、とどまるところを知らない。
生産者に寄り添った商売がしたい
起業して海外との取引を手がけようと考えたのは、どういった理由からなのだろうか。
「良いものを海外に紹介して、作り手に寄り添って応援する。それを生涯自分の根幹に置きたいと思っています。
どんな小さな生産者でも、良いものを作って輸出できれば日本と同様に売れる市場があるのを、会社員時代の海外経験で体感していたんです。
でも大きな物流会社は大企業の荷物を取り扱うのがメインの仕事と考えていて、小さな会社は商談もさせてもらえない。そんな状況を会社員時代に目の当たりにしてきました。
会社員として一生をとげることもできましたが、その状況を変えるには会社員だとできない。世の中に貢献するためにどうしても仕組みを変えたい、と思って起業したんです」
独立して最初に手掛けた商品は、いったいどのようなものだったのか。
「実は、最初に手掛けたのが日本酒なんですよ!最初から本当に大変な思いをしました!」
なるほど、と思わず膝を打つ。これまで話されていた日本酒への熱量は、それが要因か。
はじめから厳しい洗礼を受けたにもかかわらず、木下さんは「今思えば最初に取り組んだのが日本酒でよかった」とあっけらかんと話す。
「たとえば果物だと、世界には日本のような高レベルの果物はほとんどありません。食べるとおいしいので、誰にでもわかりやすくて伝えやすいんです。
でも日本酒は違いました。味が独特で薬みたいだと言われ、中国へ持っていけば度数が低くて物足りない、ヨーロッパへ行けばフルーティさがないと、けんもほろろでした。
海外へ商品を売り込むのはそんなに甘いものじゃない、というのを最初に痛いほど感じられてよかったです」
逆に、手応えを感じられたのも日本酒の販売を通してだという。
「商売を続けることで、現地の唎酒師(ききざけし)やソムリエなど日本大好きな仲間が増えて、自分が話さなくてもちゃんと説明してくれるようになりました。
世界中に人の繋がりができ始めたのと並行して、どの商品を販売するにも確かな手応えを感じられるようになってきたんです」
ONtheから世界中へつながる
木下さんは通関士の資格を所持しており、通関士の講師としても活動されている。
「元々は専門学校の講師から始めて。独立してからは企業からの要望で、コロナ前には岡山や大阪などの会場でセミナーをしていました」
現在では、講座はほとんどオンラインでの開催だそう。
「オンラインで講座を開催するのに、ONtheさんをいつも利用しています。対面での講座も一部再開したのですが、そのときもONtheさんの会議室を利用させてもらっています」
また、各国のクライアントとの商談でもONtheを利用しているそうだ。
「時差さえ大丈夫なら、すべてONtheさんで商談しています。
国際貿易に関する相談が毎日2~3件あって、コロナ前は訪問で対応していたのがすべてWebになりました。各国へ訪問しなくても世界中まとめて商談できるので、意思決定のスピードが速まったのと対応件数が増えたのはメリットといえるでしょうね。
ONtheさんがあったので、コロナの間でも事業をうまく継続できたというのを実感しています。館内には緑が多くて癒されますし、いろいろな方が頑張っている姿を見られるのも、気持ちが励まされてよかったです」
世界中から「三方良し」を目指す
さて、これからの商売はどのような展開をお考えなのだろう。やはり日本酒がメインなのか?
「直近で取り組む大きな仕事は、盆栽なんです」
ボンサイ?意表を突かれて面食らってしまった。海外に盆栽を広めるとは、どういった活動なのだろうか?
「5年ほど前に日本酒や倉敷のデニムなどを紹介する中で、日本の伝統産業に興味を持つ方々と知り合えたのが始まりです。その中に「盆栽を欲しい」という方がいたので、これは面白いなと」
詳しく話を聞いてみると、僕のイメージする盆栽とは少し趣が異なるようだ。
「モナコ公国のアルベール2世が日本大好きで。日本庭園もある王宮のプライベートガーデンに、愛媛県の盆栽を贈呈するんですよ。バチカンにも数年前に寄贈しているので、ローマ法王を訪ねて盆栽の手入れをしに行きます。
オーストリアではヨーロッパ最大の盆栽ミュージアムの45周年記念式典に訪れ、南フランスのニースでは、過去のフランス大統領夫人盆栽教室のご縁から、東洋美術館のご協力で盆栽普及のPRをします。
今秋には産地の方々と各地を一気に訪問する予定です!」
なんともスケールの大きな話!木下さんの熱い思いがどんどんあふれ出す。
「今回各地を訪れた際に、PR映像の放映と盆栽の実演パフォーマンスを披露するんです。メディアを巻き込んで、一気にヨーロッパ市場を獲得したいと考えています。
モナコの富裕層へ盆栽を認知してもらって、ホテルやレストランへも展開できれば観光客へのアピールが可能です。バチカンには10億人の信者がいますし、オーストリアにはミュージアムがあるので認知される素養はすでにあります。
そして、なんといっても本丸はフランス。盆栽を南フランスから広げていって、フランス全土で認知されるような存在にしたいと思っています!」
いやはや、木下さんの構想には脱帽である。ここまで精力的に活動できる原動力は、やはり人とのつながりが大きいそうだ。
「現地に盆栽好きな人がいたご縁で、ここまでの活動ができたのはありがたいですね。ヨーロッパで大きな市場をつくって、ゆくゆくはアジア圏や日本国内へ持ってこられるようになればいいなと考えています。
国内の盆栽生産者は、高齢化が進んでいます。「盆栽は後世に伝えられる伝統産業で、生産者はヨーロッパではこんなに認められているんだ」というのを見てもらって、若い人材を育てるきっかけになって欲しいですね」
商売は、三方良し。これからも木下さんは、世界中の笑顔と幸せに繋がる景色を描いていくのだろう。
編集後記
きゃしゃな体で精力的に活動されている木下さん。いつ息抜きをしているのか気になったので尋ねてみた。
「趣味が仕事になっている部分が大いにあります。会社員時代は世界中を旅行したいなと思っていたのですけれど、今は仕事で世界中を飛び回れていますしね」
なるほど。
「オンラインなら家でも仕事できますけど、きちんと身支度して外を移動しながらいろいろと考えるのも大切かなと思っています。感染症は心配ですが、外に出て人とコミュニケーションを取るのも息抜きになっていますよ」
コロナ禍にかこつけて、家でダラダラ過ごして夜にビールを飲むような生活は今すぐに正さなければいけないな。
背筋がピンと伸びました。
(文:知院 ゆじ、写真:今井 剛、さとう れいこ)