「楽しかったね!また来ようね」笑いあえる水辺の帰り道をめざして
ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回は、子どもの水辺の事故を減らす活動をしている NPO法人 AQUAkids safety project 代表のすがわらえみさん。今年3月には、女性起業家を対象にしたビジネスプラン発表会「LED関西」で140名の中から10名のファイナリストに選出されるなど、いま活動の場が大きく広がり始めている。
インタビュアー / 上野優子
- NPO法人 AQUAkids safety project代表 / すがわら えみ
- 大阪芸術大学に在学中から、NPO法人で障がい児への水泳指導ボランティアを始める。その後、(株)リクルートホールディングスに就職するが、障がい児水泳への想いが再燃し、再びNPO法人へと戻る。退職後に結婚し2児の母親になったことで、毎年起きる子どもの水難事故の予防の重要性を感じ、2019年より「水の事故から子どもを守ろうプロジェクト」立ち上げ活動を始める。2021年にNPO法人化。
赤十字水上安全法救助員/赤十字幼児安全法支援員/応急手当普及員/日本スポーツ協会公認スポーツリーダー/子どもの傷病予防リーダー/メンタル心理カウンセラー/SDGs@ビジネス検定修了
水の神様に守られている人
水曜の夜に放送中の占い番組が好きでよく観ている。芸能人のことをズバズバ言い当てる占い師がいて、
「……あなた、水辺に縁があるの。海とか川とか、シャワーも好きでしょう?」と告げられ、「エッ!ハイッ!好きですっ!」と頬を紅潮させるタレントを何度か観たことがあった。
すがわらさんがこの占い師に見てもらっても、きっと同じことを言われるはずだ。そしてインタビューを終えた私が占い師風に言うなら……「あなた、水の神様に守られてますよ」これしかないと思う。
水泳インストラクターまでの道のりも、まさに導き
生まれは新潟県三条市。県の中央に位置し、海にも山にも車で1時間で行けて、夏は海、冬はスキーという恵まれた自然環境で育つ。3歳で水泳を始めると頭角を現し、選手コースに進んだ。泳ぐのが大好きな子どもだった。
「小学校5年生のとき、スイミングスクールの同じクラスに、知的障がいを持つ子がいました。ある日、普段は優しいコーチが、その子にすごくきつく当たっていて、それがとてもショックだったんです。
水泳が大好きだったし、赤ちゃんから高齢者まで楽しめて、パラリンピックまである。なんて開かれたスポーツだとずっと思っていたのに、実際に障がい児が泳げるようになるまでってこんな感じで、開かれて見えるのはパラリンピックの選手だけだったのかと」
「私は本当の意味で、誰もが平等に水辺を楽しめる場所にしたい」 そんな種(たね)が少女の中に宿った。
時は流れ、高校2年生のある日、偶然観ていたテレビで、障がい児に水泳を教えるNPO団体が紹介されていた。健常者と一緒のプールで指導しているのを目にし、「これこそ私と同じ思いだ!」と、急いで団体名を書き留めた。
その後、大学進学を機に大阪に出てきた際、大事に取っておいたメモを頼りに電話をかけた。そのプールは大阪にあったのだ。「障がい児水泳のボランティアがしたいんですがー」今につながる一歩を踏み出した瞬間だった。
大学卒業後はインストラクターをしていたボランティア先での就職を希望するが、理事長には「社会人経験を積んでから来て」と断られてしまう。その後本当に経験を積んで戻るのだが、「今でこそ、回り道をした意味がわかります」と、笑う。もしもリクルートへ行かず、すぐそこに就職していたら、女性起業家として活動して舞台上でプレゼンをする、今現在の彼女の姿はあっただろうか。
ご主人のひと言に背中を押された
母親になり、毎年起きる子どもの水難事故をより身近に感じるようになったすがわらさん。一人で事故予防の活動を始めるほどの想いは一体どこからやってきたのか。
「水辺の安全について知らない子どもと障がい児は、同じ『弱者』だと思っていて、そこの知識の差が平らになるように埋めたいんですね。みんなで同じように水辺を楽しんでほしい、ただそれだけです。プールが好きで水辺が好きで……だからそこで人が亡くなったり、事故が起きるのが嫌なんです」
自分が大好きな場所だから、みんなにも楽しく過ごしてほしい。 でも “ どうして水の事故が起きるんだろう……” と思っていた時、ご主人のひと言が活動開始のキッカケになる。
「君は水泳のインストラクターをしてたから事故の予防法を知ってるかもしれないけど、普通の人は知らないよ」
「それを聞いて衝撃でしたね。そうか、自分が知っているのは当たり前のことじゃないのかと」
ご主人のその言葉で、2019年に「水の事故から子どもを守ろうプロジェクト」を立ち上げた。しかしインストラクター時代に救助資格なども取ったが、その時点では2児を子育て中の主婦だった。では、いったい何から始めたのだろう?
「溺れる話」をさせてくれるところはなかなか見つからない
「下の子が通っていた子育てサークルで、『こういう活動を始めたので、5分間だけ水辺の安全の話をさせてもらえないですか』ってお願いしたんです。でも『スケジュールが決まってるから無理やなぁ』と。5分すら時間をもらえなかったんですよ」
他にも「イベントで『溺れる』とかの怖い話は……」と断られ続けるなか、近所の民生委員さんが主催する子育てサークルで「今、5分ならいいよ」と初めて許可がもらえた。
「話し終えたらその民生委員さんが、『めっちゃ良かった!他のサークルにも言っておくから、全部周りなさい』って言ってくれたんです。それで初めて話して帰ったその日、玄関で主人と『話してきたっ!』『うそッ!?』『話してきたっ!5分!』『マジで!?』って、バチーンとハイタッチですよ!(笑)」
ご主人は大学の同級生。奥さんがプールでボランティアをしていた頃も知っていて、家族で活動を応援してくれている。
彼女の最大の強みは、子どもに一番近い母親の目線を持っていること。たとえば、先日全国放送の「スッキリ」でも紹介された「サンダルバイバイおやこ条約」がある。
サンダルは買えても、命は買えない
川で遊んでいて、流されたサンダルやおもちゃを追いかけて溺れてしまう事故が多いという。自分のではなく友達のモノでも、子どもは咄嗟に「失くしたらいけない!」と追いかけてしまう。
確かに靴でもなんでも、子どもに「失くしたぁ」と言われたら、「なんで失くすのぉ~」と言いたくなるのが世の母親だ。だからこの条約は、夏になる前に親子で約束をする。“ 追いかけないし、叱らない ” 双方合意したら名前を書き、家の目立つ場所に貼る。日頃からの意識づけが命を救うのだという。
▼こちらで「サンダルバイバイおやこ条約」がダウンロードできます。
https://aquaproject721.wixsite.com/website
経験をもとに、事故や救命活動後の心理的ケアをしていきたい
すがわらさんは18歳の頃から現在に至るまで、目の前で人が倒れる場面に実に10回近くも遭遇し、心臓マッサージも3度経験しているそうだ。そういう現場に偶然居合わせた人を「バイスタンダー」と呼ぶが、10回とはなんとすごい数だろう。
「もう、そういう星の下に生まれたと、受け入れることにしました」と、明るく話してくれたが、非日常的な状況下で救命活動をすることになるバイスタンダーは、その直後から、心理的に少なからず影響を受けるのだという。そこで、バイスタンダーとなった人たちや、水難事故の関係者の、その後に寄り添いたいとメンタル心理カウンセラーの資格も取得した。
「水遊びのオフシーズンを中心に救命指導をしていますが、教えるからにはその救命後の心のケアまで責任を持つべきだと思っていて、必要だと判断すれば、メンタルサポートの専門家に繋げるようにもしています」
彼女だからこそできる活動だと思うし、これも神様が与えたお役目じゃないのかとさえ思える。
たくさんの「入り口」作りと、ONtheの横のつながり
もっと自分の活動を知ってもらうためには、水辺とは関係のない「入り口」もたくさん作ることだと考え、グッズや歌も作った。そしてONtheの存在も大きかったと話す。
「実はFacebookで流れてきたONtheのカッコいい雰囲気を見て、『こんなところで講座やってみたい!』っていうのが始まりなんです(笑)。そしたら『ONthe BAR』(バーカウンターにゲストを招いて、お酒やジュースを片手に会員と訪れた人やスタッフが交流するイベント)で異業種のコラボゲストを募集していて。やってみたいですと、メンバーになる前に相談に訪れたんです。
当時、スタッフにいらっしゃった時任さんに自分の活動内容を話したら、『LED関西にエントリーするべきですよ』って薦めてくださって。最初は全くピンと来なかったんですが、何度かお話しするうちにひょっとして可能性があるのかなって思うようになってきて……。
それでも迷っていたところに、『私にしかできないことがある、社会を変えてやろうと思っている人は是非!』っていうアンバサダーの方の動画を見て、『それなら私にもある!』と決断できました。準備は大変でしたけど、今年出場してほんとうに良かったです。
他にも、前にここで『失敗展』をしたデザイナーの遠藤百笑さんに紙芝居の制作をお願いしたり、ONtheでの横の繋がりは大きくて、感謝しています」
事前に知っていれば事故を防ぐことができる情報を、母親目線で楽しくわかりやすく、みなさんの手元に届けるのが私の仕事ですと、熱い想いを話してくださった。「LED関西」に出場以降、メディアで取り上げられることが多くなり、一緒に活動してくれる仲間も増えてきた。
小学5年生の時に宿った「種」は、土を押し上げて芽を出したのだ。そしてこれからも成長は続いていく。
編集後記
まさにONtheの雰囲気に惹かれたのが先で、そこから会員になったすがわらさん。「今は大好きな空間が自分のオフィスなのが嬉しくて」と話されるお姿がチャーミングだった。
小柄な方で優しい話し方をされるのだけど、水辺の危険を話すときだけ、毎回お顔が「キリっ」となる。インタビュー中それは何度も……。
「さすが、水の神様に見込まれた人だ」。そう思いながらずっとお話を聴いていたのはナイショの話。
NPO法人 AQUAkids safety project
https://aquaproject721.wixsite.com/website
(文:上野優子、写真:今井剛)