とにかく「新しくて面白いこと」をやっていく。55歳からの、新たな挑戦。
ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回は、55歳にして大手広告代理店を早期退職し、企業の中に入って事業をサポートする「マルチコネクトプロデューサー」として活動の幅を広げる、塩田透さん。退職後新たに個人事業を始めた経緯や、ONtheの活用方法をうかがう中で見えてきたのは「面白いこと」を追い求める「新たな挑戦」だった。
インタビュアー / 吉川 夢
- マルチコネクトプロデューサー / 塩田 透
- 大手広告代理店にてデジタルマーケティング黎明期からメディア領域に携わる。55歳にして早期退職し、個人事業主となる。従来の外部コンサルではなく、企業の中に入って事業をサポートする「マルチコネクトプロデューサー」として、主にスタートアップ企業のコンサルとして幅広く活動している。
何にもないまま、辞めたんです
「実は、何かをしたくて会社を辞めた訳じゃないんです。何にもないまま辞めたんですよ。」
塩田さんがこう話すのを聞いて、正直驚いた。誰もが名を知る大手広告代理店に30年間も勤務していた彼が、定年を待たずして辞めるというからには、何か大きな決断がきっとあるだろうと思っていたからだ。
「32年と半年勤めて辞めたんですが、大きな理由は、早期退職制度っていう制度ができたからなんです。これをやりたいっていうよりは、もう1回自分のことを試してみるかって思ったのが、辞めるきっかけだったんですよ。」
「何もなかった」と話す塩田さんだが、ビジョンがゼロだったのかというと、そうではない。
「会社の外のほうが進んだものがたくさんあったんです。在職中に、スタートアップで頑張っている若い人たちに出会う機会があって。昔は、声が大きい人が勝っていた時代だっだけど、もうそんな時代じゃない。今は、ものすごく自由でフラットな世界になっていると思うんです。そういう意味で、もうテレビ広告にこだわる必要はないかな、と。テレビだけがメディアではない時代になったとき、本当に自分が勝負できるのかな、と思ったんです。」
大企業にいたからこそ、自由で新しい世界で、勝負をしたかった。
とにかく新しくて、面白いことを
個人事業主として新しい舵を切ろうとしたとき、いろんな人から「一緒にやろう」と声をかけてもらえた。
「たとえば、北九州にある3Dプリンターコンサルティングの Boolean(ブーリアン) という会社は、工場で生産されるような大型のプロダクトを一発で出力する仕組みを作ろうとしているんです。もちろん、ただ大きいものが出てきただけでは意味がないので、それをどうやって新しいビジネスにしようかという話を一緒にしているんです。スタートアップのCEOが夢を語るので、それを僕がリアルにしていけたらいいですよね。」
まだ形になっていないものを作り上げていく過程に、一緒に入っていく。そんな感覚だ。
「大きい会社にいて、利益を考えると、まずこういうことはできないですよね。彼らのやってることは、どうやっても20億、100億の利益にはならない。」
しかし個人なら、そこまでの利益を考えることなく、新しくて面白いことに携わっていける。
「実際にいま、そんな風にしてスタートアップが成長してきているんです。彼らが事業を成功させるときに、一緒にその場にいて苦労もするし、どうやって課題を解決しようか考えるし、営業もする。でも、僕がお金を出して事業を大きくするのではなくて、一緒に応援していくスタイルがいいな、と思うんです。」
コンサル先の企業に入社をするのではなく、プロジェクトに加わるという感覚だ。
「やる気のある人はいずれお金や成果を生むので、1年後に1億円稼いでくれればいいかな、という感覚なんです。だから、いまは成果報酬でもいいんです。」
外部のコンサルでも、内部の社員でもなく、パートナーとして面白いことをやりたい。塩田さんが目指すフラットな関係は、お互いにとって心地よいものとなっていくに違いない。
“隅っこの人”だった、会社員時代
「広告代理店にいるときも、新しいもの以外やりたくなかったんですよね。だって、すでにあるものって、他の誰かでもできるじゃないですか。」
大衆メディアとしてテレビが一世を風靡していた時代に、デジタル・メディア領域のコンサルティングを担当してきた塩田さん。新しいこと・面白いことをやっていきたいという思いは、昔からだった。
「社内では『誰にも頼めないことがあったら、塩田さんに頼んでみたら何とかなるんじゃない』っていう立場だったんですよ。これって相当『隅っこの人』なんですよね。テレビ広告の分野なら何人もスターがいるので、その人たちに頼めばいいですよね。でも、何かよく分かんないけど、ECのこまごました話とか、ウェブマーケティングの話になると、『会社では儲からなくてやってないけど、塩田さんならできるんじゃないか』みたいなね。」
当時を思い出すように、笑ってそう話す。
ふと、刑事ドラマ『相棒』に出てくる“右京さん”が頭に浮かんだ。ドラマの中で難事件を解き明かすのは、花形の捜査一課ではなく、決まって「特命係」だ。塩田さんももしかすると、そんな存在だったのかもしれない。
「人」が持っているものが、チャンスになる
そんな塩田さんに、ONthe UMEDAを利用する理由を聞いてみた。
「ONtheには、会社員の方もいれば、若い人たちもいるし、スタッフの人たちも個人で事業をしていたりしますよね。こうやって、いろんな方が入り混じっている環境だとエネルギーをもらえるかな、って思ったのが一つの理由です。誰と話をしても、やっぱり勉強になるんですよね。これから何か事業を起こそうとしている若い人たちからも、こんなことをやってるんだ、こんなことも事業になるんだ、と、教わることはたくさんあります。」
月額ではなく、従量課金制というシステムも利用の決め手だ。
「それから、僕は小倉とか東京を行ったり来たりするので、毎日通うことはないんですよ。なので、毎日利用する拠点というよりは、もう少しフラットでオープンな場所のほうがいいかと思って。」
人との繋がりはチャンスにもなる、と塩田さんは言う。
「いま、若い人はとくに専門性だけでは勝負しにくい時代になっているんです。大きな企業が安く物事を解決してしまうから、よほどのスキルを持っていないと、成功は難しい。だから、ジェネラリストになってしまうか、自分の専門性を持った上で、ほかの何かとマッチングするのがいいと思うんです。」
個人で事業を起こすことが珍しくないボーダレスな時代だからこそ、競争は激しくなる。
「幅広いスキルを身につけるっていっても、技術を手に入れるのは大変ですよね。そこで“人”が鍵になってくるんです。つまり、人が持っているものそれぞれが、自分や他の人にとって、チャンスになるはず。必要なときだけじゃなくて、いつもチャンスがいっぱいあるっていうことが、すごく大事なんじゃないかなって。」
たとえば、会員がそれぞれの蔵書を持ち寄って自由に本棚を作る「ONthe Library」は、その人の得意分野や人となりがよく分かり、新しいつながりを手助けしてくれる。
夢は、歴史に名前を残すこと
「すっごくバカなこと、言っていいですか?」
最後に、“事業を通して叶えたいもの”はありますかと尋ねると、塩田さんは屈託のない笑顔でこう答えてくれた。
「サラリーマンのときって目標は立てられるんですけど、夢は見られないんですよね。だから、夢を見たいなあと思って。歴史に名前が残ったら面白いよなって。」
歴史に名を残す。かっこいい響きだ。
「名前を残すといっても、業界紙に名前が載ったりすることを目指しているわけではないんです。世の中に出ていなくても、『これ作ったのは私のお父さんみたい』とか、『あの人、なんか作ったらしいよ』っていう感じで残ってくれたらいいな、と。」
グーグルがインターネットに入る時のプラットフォームになっているのと同じように、いま塩田さんが携わる3Dプリンタのコンサル会社でも、“物を作るときのプラットフォーム”のようなものを作ってみたい。それが、一つの夢としてある。
だが、広告代理店にいた頃からの夢だったのかというと、そうではない。
「実は、昔からそういう思いはあまりなくて。この“歴史に名前を残す”っていうのは、僕が入社したときに5つ年上の先輩が言っていたことなんです。それで実際に彼は社長になって、やっぱり名前が残っているんですよね。で、歴史に名前を残すとかかっこいいこといってんじゃねえよってずっと思ってたんですけど、案外こうやって事業とか始めるとちょっとそう思うよなあって。」
当時を振り返るようにこう話す。
「つまり、歴史に名前を残すことが目的っていうよりは、“やるだけのことをやって成果がでたら、そうなってるはずだ”っていうものをやりたい。だから、“結果としてそうなってる(歴史に名前が残ってる)ようなものに携わってみたい”っていうほうが正しいかもしれないです。」
一度リタイアしたとはいえ、50代はまだまだ若い。大きな組織のなかで培ってきた経験を生かしつつ、とにかく新しくて面白いものを、たくさんの人と一緒に生み出していく。
塩田さんの名前を街中でふと耳にはさむ日も、きっと遠くない。
編集後記
「こんな好き勝手なことをしてるのに、文句も言わずに辞めさせてくれた家族にはすごく感謝してるんです。」
インタビューの途中、少し照れながらも、家族について何度も触れていたのが印象的だった。
塩田さんに初めてお会いしたときに感じた「少し強面な渋い男性」という少々失礼な印象は、取材を進めていくうちにまったく変わってしまった。早期退職後、わくわくするような夢を持ち、面白いことを追い求める姿勢は、まるで屈託のない少年のようだ。
「なかなか、家族に感謝を伝えるのが下手なので……。」
そんな塩田さんの男らしい不器用さも、魅力のひとつかもしれない。
私も一端のライターとして、自分のいまの仕事を「楽しむ」こと、そして自分が置かれた環境に「感謝する」ことの大切さを思い直した1日となった。
(文:吉川 夢、写真:今井剛)