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心に音楽がある幸せを、多くの人に伝えたい

ONtheに関わる人々、利用する会員様にスポットを当ててその人生に迫るインタビュー特集「穏坐な人々」。今回お話を伺ったのは、作曲家・編曲家・ピアニストとして幅広く活躍される、植松さやかさんです。オーケストラやオペラなど、創作活動に取り組む植松さんの原点はどこにあるのか、詳しくお話を伺いました。

インタビュアー / 知院 ゆじ

作曲家・編曲家・ピアニスト / 植松 さやか
大阪府守口市出身。京都市立芸術大学音楽学部、同大学院で作曲を学んだのち、作曲家・編曲家・ピアニストとして幅広く活動されている。京都市立芸術大学・神戸山手女子高校では、非常勤講師として後進の指導にあたる。

「私が編曲した曲、ちょっと聴いてもらっていいですか?」

植松さんの第一印象は「ふんわりとした雰囲気で、よく笑う明るい人」。私のイメージする「ピアニスト」を絵に描いたような、朗らかな方だった。

その印象から、作られるものは明るくポップな曲をイメージしていたが、聴かせていただいた曲は荘厳かつ繊細さを感じるもの。第一印象とのギャップに、少なからず度肝を抜かれた。

人のつながりが仕事のつながりになっている

植松さんは、現在「創作(作曲、編曲)・演奏(ピアニスト)・指導(大学などのクラス授業)」の三本柱で音楽の仕事をされている。

大きな柱のひとつである「創作」は、仕事として受ける以前、大学入学時から手がけはじめたそうだ。

「CDをポンと渡されて『耳コピ(曲を聴いて楽器で再現すること)してオーケストラにして』だとか、ビデオテープを渡されて『ここからここまでのシーンの曲を楽譜にして』という雑な感じの依頼でしたね。誰も何も教えてくれない状況でしたので、モーツァルトやブラームスのオーケストラ楽譜を、見よう見まねで書いていました。

最初はモーツァルトの楽譜を参考にしたのですが、私が見たモーツァルトの楽譜は、弦楽器のチェロのすぐ上に歌のパートが書いてあって(現在オーケストラの楽譜は、上から木管楽器・金管楽器・打楽器・声楽(歌)・弦楽器の順で、楽器群ごとに書くのが主流)。

モーツァルトの書式をまねて編曲した校歌の楽譜を先輩に渡したら『何これ、見にくいんだけど』と。書き方は教えてくれないのに、間違いはけっこう指摘されました(笑)」

直近では、びわ湖ホールで開催されるコンサートの編曲に追われている。

「合唱付きオーケストラの編曲が全部で4曲あるのですが、現在(取材は7月初旬)まだ3曲目を書いています。作曲や編曲は、3時間かけて書いても演奏すれば10秒というのがザラですので、すごく時間がかかるんですよ。

楽譜はパソコンで書くのが一般的ですが、私はいまだにボールペンで紙に書いているので、余計に時間がかかる。おそらく同世代の同業者のなかでも、手書きなのは私だけではないでしょうか。

『手書きの楽譜は見にくい!』と演奏者には言われるのですが、パソコンがものすごく苦手なので……」

創作以外にも「演奏」「指導」という別の柱がある。

「京都市立芸術大学や神戸山手女子高校で『ソルフェージュ(音感や読譜力などの基礎教育)』『音楽理論科目』の授業を担当しています。これも、これまでのご縁がつながって仕事になっています。

今の仕事はすべて『こういった人材を探している』『ここで仕事してくれないか』というオファーをいただいて、流されるまま導かれるままつながったもの。本当にありがたいご縁をいただいていると感じますね」

「植松さんに頼めば大丈夫」の気持ちは裏切れない

創作の苦労として「代えがきかない」部分が一番大きい、と植松さんは話す。

「ピアノであれば、楽譜を見れば弾けるかどうか判断できます。でも、作曲や編曲は取りかかってみないと全体が見えてこない。そして、いったん引き受けると必ず完成させなければなりません。

『こういう作品を作りたい』という憧れはあっても、最後まで書き抜く技術と体力がないと完成させられませんし、未完成だと周囲に迷惑をかけてしまいます。作業量の多さ、間に合わないかもという不安、疲れて新しいものが生み出せなくなる焦燥感で、何度も心が折れそうになりました」

それほどの苦労をしても周囲への感謝の方がはるかに大きく、公演チームの一員として参加できるのが本当に嬉しいという。

「本番に至るまで多くのスタッフさんにバックアップされ、良い公演となるように時間をかけて準備していただけることに、毎回感動しています。

私の頭の中でしかイメージされていなかった音楽を、素晴らしい技量と想像を遥かに超えた大きな世界観の演奏で応えてくれる演奏者の皆さんには、頭が上がりません。

本番での客席のあたたかい反応や、たくさんの拍手、アンケートに書かれたメッセージなども、本当にほっとします。

『植松さんに頼めば、納期はともかく(笑)音はちゃんとしている』という印象で仕事ができているようなものなので、『完成させる』という部分だけは裏切れません」

大きな挫折を経て「完璧主義」から「どうにかなる」へ

さて、植松さんの音楽とのかかわりは小学校入学前までさかのぼる。

「姉の影響を受けて、見よう見まねでピアノをはじめたのがきっかけです。

我が家はテレビも見せてもらえずおもちゃもない、けっこう厳しい家庭でした。家にピアノしかないので、友達と『コンサートごっこ』と称して、井上陽水の曲を耳コピして弾く遊びをよくしていましたね」

小学生で井上陽水という渋めのチョイスはさておき、結果的に現在の仕事につながる実践的な遊びをしていたこととなる。

「中学入学と同時に、ラジオを手に入れて。ラジオから流れる曲を耳コピして、自由に弾きまくっていました。

中2から本格的に作曲を学び、中3の春に創作演奏コンクールで優秀作品賞を受賞したんです。そのころは『もしかして私、才能あるかも?』と、少しうぬぼれていましたね」

その後は夕陽丘高校音楽科を経て、京都市立芸術大学へ進学。植松さんの音楽人生は順風満帆かと思われたが、少し風向きが変わってくる。

「私のできる音楽と、学校から求められている音楽の方向性が少し違ったんですね。『今の自分に無い、新しい音を探して音楽を作る』のを周囲の人はできているのに、私にはどうしても作れない。自分自身、作曲技術の幼さを痛感しました。

当時は完璧主義を背負っているような人間だったので、外に助けを求めることができなかったんです」

そうこうしているうちに演奏会が近づいてくる。1ヶ月前になっても、作りたい曲の見通しすら立たない。気持ちが追い詰められ、どうしようもなくつらくて逃げてしまおうかと考えたとき、はじめて先生に泣きながら相談したという。

「相談を聞いて励ましてくれた先生をがっかりさせたくない気持ちで、ボロボロの状態でボロボロの曲を完成させました。

ここで穴を開けずにやりきったことで『完璧ではなくても、情けない姿でも完成させればどうにかなる』と、心の持ち方が変わりましたね」

ONthe UMEDAは私にとって大切な場所

植松さんがONtheを見つけたのは、本当に偶然だったという。

「行き詰まったときに、お初天神へよくお参りに行くんです。そのときたまたまONtheを見かけて。昔ピアノ教室のテストを受けたのが同じビルだったこともあり、なんとなくのぞいてみたのがきっかけです。

集中できる作業場を求めていたのと、楽譜を広げて作業できるスペースがあるのを見て、すぐに会員になりました」

編曲作業や、授業の準備、ピアノの譜読みや音源チェックなど、現在では週5回ほどONtheで仕事しているそうだ。

「作業スペースの広さもそうですが、一番ありがたかったのは人の気配です。1人で作業するのは、気分が落ち込むと回復に時間がかかるので苦手なんですよ。

ONtheに来れば、周囲でさまざまな業種の方が仕事している。『みんな頑張っているんだな』と肌で感じられて刺激になるのがいいですね。私も仕事姿を見てもらえることで張り合いになりますし、とてもありがたいです。

会員になったのは、ちょうど大きな仕事を抱えていた時期。ONtheがなければ間に合わなかった仕事もたくさんありますし、私にとって本当に大切な場所となりました」

人にも音楽にも助けてもらった分、助けられる人になりたい

・全国植樹祭での天皇皇后両陛下植樹時のBGM編曲
・びわ湖ホール声楽アンサンブル「美しい日本の歌」シリーズの編曲とピアニスト
・長浜市民創造オペラ「しのぶときく」の作曲
・BS朝日「子供たちに残したい 美しい日本のうた」への出演 など

上記の通り、ますます精力的な活動を続ける植松さん。

仕事がうまくいかずつらくなったことはあるけれど、やめたいとは今まで一度も思わなかったという。

「大きなことを成し遂げたい気持ちはありますが、まず目の前の創作・演奏・授業を大事に、地道な努力を忘れず音楽を発信していきたいですね」

実は、音楽活動の他にもやってみたいことがあるそうだ。

「20代半ばのころ、合唱組曲の作曲がどうしても間に合わず、自分の作品を白紙にして他の作曲家の方に助けてもらったことがあったんです。先日は、ピアノを弾いていて指があがらなくなったことがありました。そういった経験があったからこそ、私も誰かを助けられるようになりたいと考えるようになりました。

『アレクサンダーテクニック』という手法があるのですが、それを学んで身体の使い方や心の持ちようで悩む方に対して、何かアプローチができたらと思っています」

これからも、心身ともに健康で音楽活動を続けたいという。

「これまで、音楽のすごみや素晴らしさを、たくさんの人から見せてもらいました。音楽があるからこそ出会えた人とのつながりも、とてもありがたいものです。

心に音楽があることの幸せを、今度は若い人に私が手渡す番だと考えています」

編集後記

これまで紹介で仕事がつながっていたため、植松さんご自身のポートフォリオサイトは作っていないそうです。

「作りたいとは思っているんですよ!でも、本当にパソコンが苦手なんです……。ついでに、家事全般も夫婦そろってダメなんです。どなたか助けてくれないですかね?」

そう話される姿も、なんだか愛嬌があって憎めません。そういうところが人脈を生む才能なのかも、と感じました。

なお、植松さんの出演される公演は、下記になります。植松さんの奏でる音楽が気になった方は、ぜひ!

8月12日 滋賀県立文化産業交流会館(米原)「美しい日本の歌」

8月27日 びわ湖ホール(大津)「びわこのこえフェスティバルVol.5」

9月13日 びわ湖ホール(大津)「びわ湖ホール四大テノールロビーコンサート」

11月3日 兵庫県立芸術文化センター(西宮)「美しい日本の歌」

(文:知院 ゆじ、写真:今井 剛)